魔獣激戦
テメリオイは、左右に立つダンズにフウと目線でやり取りすると頷いて口を開いた。
「お前ら、準備はいいか?」
「「オウッ!」」
リュカが言っていた黒い影。奴と出会した為かは、定かではないがアヴァロン周辺では魔獣の数を急激に増やしていた。幸い取り囲まれてはいないが、だけれど一斉に襲撃にあえば魔獣避けも意味がなさない。
ことは一刻を争う悲劇的な状況下で、惨劇を回避するには万全な準備でなくとも打って出る必要があった。
──これは大博打だ。勝ちの薄い大勝負。無謀に近い策略だ。
アヴァロンがその存在を保てるか否かは、此処で立つ屈強な傭兵達に委ねられていた。彼等も自分に課せられた責任がどれほどまでに重要なのかを理解している。
故にテメリオイ達を見詰める瞳は力強く、漂わせる物々しい雰囲気は転じて士気を高めあっていた。今の彼らの目は死ぬ事すら、恐れない覚悟を宿している。理想的な傭兵であり、完璧な戦士たる姿が目の前にはあった。首を跳ねるためなら、腕を差し出し。仲間を守るためなら足を切り捨て囮にすらなるだろう。
しかし──だからこそテメリオイは言う必要があった。憂いも哀れみもなく。ただ願いを宿し甘過ぎる言葉を投げた。
「まず初めに。お前等、絶対に死ぬなよ」
その言葉に頷く者は一人として居なかった。
「…………よし。作戦の概要を説明する。三種族による連合。皆が皆を信頼しなければ勝利はない。まずは、部隊の構成を行う」
「一ついいかい?大将」
一人の傭兵がテメリオイに問いを投げかける。
「三種族での連合はわかった。しかし混戦が免れない現状で、部隊を組む必要はあるのかよ?」
「確かに」と、テメリオイは頷いてから一人の傭兵に語りかけるのではなく、皆に行き届くように大きな声を発した。
「確かに混戦は必然だろう。だからこそ、役割と優先順位を明確にしなくてはならない。この闘いは多勢に無勢。劣勢は免れる事のできない勝負だ。故に小規模の部隊を作る。まず初めにお前らが守るのは、自分の部隊。ほかの部隊を護るのは、余裕がある部隊だ」
「つまり、見捨てるのも厭わないと?」
「……見捨てるのではないぞ」と、ダンズは間に入る。
「勝つ為の決断と覚悟だ」
テメリオイはこの日が来るまで、何度も何度も策を考えた。その中には、アヴァロンを放棄して皆を逃がす内容だってあったが、通るはずもない。
どれを考えても、誰も死なないで解決する策が見当たらなかった。必ず数多くの犠牲者が出る。ならば、その数を最小限にすると答えを出すのもまた、必然だった。
故に、テメリオイが言った言葉は甘えであり、幻想だ。そんな事は自身でも十分に分かっている。分かってはいるが、願わずには居られなかった。
「ゴチャゴチャいっても仕方ねぇだろ。さっさと始めろや。みんな死ぬ時は死ぬんだからよ。それが今日か明日か来年かの違いじゃねぇか」
「そうだな。では、テメリオイ。続きを頼む」
「おう」
部隊構成を行い、各部隊のリーダーに地図を渡す。
そこには魔獣の群れが記されており、亜種は赤い印をしてある。
「各部隊には、亜種の討伐をしてもらう」
「結構、魔獣を切り崩さねぇと到達出来ねぇな……」
「俺達の魔法が何処まで通用するか」
「これだからエルフは軟弱だと言われる。ワシらが、しっかりと守ってやるから、存分に魔法を使えばいい」
「で、なんで俺がお前となんだよ、テメリオイ」
シリウスは野獣の様な獰猛な双眸を向ける。
「簡単な話だぜッ。なんつったって、俺達が一番危険だからだ」
ほかの部隊に任せた場所は、比較的魔獣の数が少ない場所だ。亜種と亜種との距離も離れており、複数を一気に相手にする事もないはず。
「……ふざけやがって。お前なんか出る幕はねぇだろ。後衛で指示でも出してろや」
「ははっ。怖い怖い」と、おちゃらけて見せるテメリオイは、心の奥底でシリウスに感謝していた。というのも、この男は体に異変が起きているのを鋭い嗅覚で感じ取ったのだろう。
ミサに容態を訊ねては、心配をしていたらしい。口止めをしていたみたいだが。
「まあでも、頼りにしてんぜ」
テメリオイが肩を叩くと、軽く払い地図を睨む。
「俺達の狙いはなんだ?亜種……じゃねーんだろ?」
「ああ」と、頷いてから地図を指さす。
「俺達は鋒矢の陣を用いて黒い影目指し一点突破をする」
テメリオイ達の狙いは、黒い影の討伐。辿り着く為には、魔獣の猛攻を掻い潜る必要がある。加えて、距離が縮まるにつれて亜種の数も増えてゆく。
つまりは、足止めをする為に留まる者も中には必要だと言う事だ。テメリオイを筆頭に構成された部隊は最も死に近い。
地獄の門を通る事の許された、先鋭の戦士達だ。
「つまり、足を止めたら待つのは死って事だな?」
「ああ。そうなる」
「なあに。この炎嗡もある。そう易々と死ぬ事はないぞ」
「チビ親父、せいぜい気張れよ」
「お前さんこそ、少しでも遅れたら焦げちまうよ?」
睨み合う二人の間にフウは入って、呆れ混じりに言った。
「おいおい。無駄な言い合いは体力の無駄だ。とりあえず、私はお前達に能力向上の魔法を使わなきゃならない」
「お前の力がなくたって、俺の仲間が」
「この中で【最上位】を使えるのは私だけだ。加えて、変なプライドで部隊に欠損があっては堪らない」
ごもっともな発言だ。覇級の【上位】を連ねる魔法を使える者は、この都市にも確かにいる。しかし、聖帝級の【最上位】を連ねる魔法を使えるのは、エルフの長であるフウを除いて一人もいない。この作戦の要とも言える基礎能力の向上魔法。
口答えも出来る箇所が一つとない理的な言葉に、シリウス、苦し紛れの舌打ちをした。
「早くしろや、じゃあ」
「ははっ。お前達は本当に仲がいいなあ!!」
例えここで命が尽きようとも、次代はこんなにも逞しく育っている。だからこそ。だからそ命を燃やし、全力で剣を振るう事が出来るのだ。後顧の憂いは一つとない、はず。
──後悔がないように。残さないように。
テメリオイは一度、周りを見渡してから口を開いた。
「さあ、お前ら!!いっちょ、俺達の故郷を守る為に暴れちゃいますか!!」
これにて3章ガ終わります。続きが気になっていただけたならブクマや評価をお願いします。




