黒い影
十時間ほど前。都市・アヴァロンの東門の前では、武装したもの達が隊列を組んでいた。彼等の真正面で毅然たる態度を見せ立つ男・テメリオイは、地に剣を突き立て第一声を解き放つ。
「よーし、皆揃ったな」
彼等の目は鋭く力強い。正に屈強な兵士の双眸だ。野心と信念を兼ね備えた一切ブレのない幾つもの視線がただ一点にテメリオイを見つめている。
彼等は騎士と大いに異なる存在だ。貴族の出でもなければ、コネを持つものなど一人もいない。志しも異なれば、秩序も違う。女禁制である騎士とは逆に、力があれば女でも傭兵になれるのだ。冒険者にもなる事が出来るが、彼等は人を殺さない。
だが一つ、国を王を守る騎士達と唯一似たモノがあるとするならば仲間を守る為なら出来うる限りの事をする──だろうか。
故に、彼等の熱気は凄まじい。まだ見えぬ魔獣の大軍に臆する色、一つ見せずに口を揃えテメリオイに応える。
「「オウッ!」」
白い軍服が陽を照り返す中で、ヒリついた空気が流れる。
「んじゃ、まあー作戦の概要を説明する──のは、ミサに頼むか」と、頭をかきながらオチャラケる姿を見て、皆が緊張を解いた。
「おいおい、大将!こんなんじゃ締まらねぇぜ!」
「勘弁してくれよなぁ!?はははっ」
「いつもながら俺んとこの隊長さんは」
テメリオイの隣に立つミサは、分かりやすく呆れて見せると短い溜息をついた。
「はあ……こー言うのは自分でやってくださいよ」
「いーのいーの」
だが、彼等の目に不義はない。士気は下がるどころか、さっきよりも高まっているのをリュカは、感じていた。
テメリオイがあんなんなら、俺達がしっかりしなくては。と、築き上げられた信頼があるからこそ出来る事なのだろう。しかも、和気あいあいとするからこそ生まれる仲間意識は、殺伐とした組織では作り上げる事はできない。
「もう。しっかりしてくださいよ」
「ひぇ。すまんすまん」
そして、ミサがいい味付けになっている。テメリオイ相手にハッキリと。時には辛辣に物事を伝え。だがその言葉には一本の筋が通っている。故に、彼女を恨むものはいない。
「あーあ。また責められてらぁ、うちの大将は」
「ミサねぇを怒らせたらこえーもんなぁ!!」
「「ははははっ」」
「では、私から──」
ミサはやる事を一通り指示を出し、皆が同意。小隊をつくり、各個で行動に入った。
「……で、じゃ……お前さんは、なぜわっちの背中にのっておる!」
「ぐしゅん。拙者は今風になってるでごじゃる!」
体を風で冷やしてくしゃみをしながら、カエデは何を言っているのだろうか。
「……ほんで、お前さん?声は聞こえとるのか?」
なるべく魔獣達の視界に入らない距離、且つあまり離れすぎないギリギリの間を飛んでいると、風の音に紛れ魔獣達の幾重に合わさった声が聞こえる。
アヴァロン周辺では疎らだった魔獣達が、数キロ先まで行くとその数を増やし固まっていた。数にして百は下らないだろう。この状況を見て分かったのは、間違いなくアヴァロンを狙っての事だ。
──でも、何故アヴァロンを魔獣が。
「声は聞こえてるのでごじゃるよ!けど、指示を出してる声はまだ聞こえないのでごじゃる!!」
ならもっと奥か。けれど、この距離で進むのは危険だろう。リュカは大きく一度、翼を翻して高度を上げた。
「ここからでも声が聞こえるかの?」
「拙者の耳はいいでごじゃる!」
リュカには見えていないが、この時カエデは小さい手を翳した耳をピクピク動かしていた。
に、しても。この大群はなんなんだろうか。偵察をし、見えてきた対峙する魔獣の勢力。時折見える大きい個体は【亜種】で間違いがないだろう。
これだけの数が一気に押し寄せてきたら、アヴァロンの壊滅は免れない。故に先手必勝であり、その為に司令塔を見つけ出す必要がある。
「むむむ……」と、声を発したのは飛び続けて五時間余りが過ぎた頃だ。方角は北。遥か先では、霊峰・ルクスリアが聳えている。
「どうしたのじゃ?」
「魔獣達に指示を出してる声がどんどん近づいてきてるでごじゃる」
「何処からか分かるかのう?」
訊きながらもリュカ自身、辺りを見渡すがこれと言った物は見当たらない。
「ありゃ?なんでごじゃる?誰かと話している?でごじゃる……」
「話してる?……魔獣とかの?」
「よく分からないでごじゃるが──そこでごじゃる!!」
カエデの指がリュカの顔のそばで、何かを指さす。ピンと伸びた指先を目で追えば、そこに居たのは魔獣とは言い難いものだった。
だが、人と呼ぶには禍々しい。色は影のように黒く、瞳孔は赤い。遠目からでも奴が化物である事が理解出来た。異彩を放つそれは、リュカ一人でも勝てるか分からない。あるいは──
上空でグルグル大きめな円を描きながら回っていると、背に乗せていたカエデの手がブルっと震えた。
「やばいでごじゃる」
「……え?」
「バレたでごじゃるよ!!」
その瞬間、黒い化物の赤い瞳孔がリュカの視線とぶつかる。
「グルギャァァァァァァァァア!!」
耳を劈く金切り声に目を眇て、リュカは高度をよりあげる。
「お前さん、よく掴まっておれよ!!」
真っ直ぐ帰っては作戦がバレるかもしれない。
「追ってきたのでごじゃる!みんな怒ってるでごじゃる!!」
「怒ってると言われても!!」
背中にカエデを乗せたままじゃ戦闘もままならない。と言うか、戦闘を開始しては囲まれるのは明白。だからこそ、全速力で逃げるが先決だ。
リュカは翼を上手く使い、軌道を変則的にし魔獣達を翻弄。無我夢中で逃げ続けた。
「なるほどなぁ……そんな事があったのか」
一通りの話を聞いたヤクモは、リュカに注いだお茶を渡すと椅子に座り直す。
「でも、奴は一体誰と話していたんだろう?」
「分からぬ。わっちが見る限り、彼奴は一人じゃった」
「うーん」と、顎下を撫で付けて眉を顰める。
「一番可能性があるのは、魔人を作ってる奴じゃろうな」
「そう……だよなあ。そいつはなんて言ってたの?」
「カエデが言うには、約束を果たせ?じゃったかな」
「約束……って、なんなんだろう?」
リュカはベットに横たわると、足をばたつかせながら言った。
「分からぬ!とは言え、奴等の約束なぞどうでもよい!奴らがせめて来る前に、倒す」
「そうだよね。だから、その為にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「ああ。俺はコレを使おうと思う──」




