垣間見た戦士【前編】
ヤクモがダンズの元から離れ、街の外にでる数時間前。アヴァロンから一キロ程離れた場所では──
「シリウスさん、やはり魔獣何かを企んでますよ」
シリウス率いるラ・ムルテは、三種族会議で決まった通りにアヴァロン周辺の警備・魔獣討伐を行っていた。気になる点はただ一つ。隣でゴブリンの血糊を拭っている男・アルデが言った通り、魔獣達は何かを目論んでいる気がするのだ。
「そうかもしんねぇが、俺達は目の前の事だけやってりゃあいい。後のことは、テメリオイが、なんとかすんだろ」と、ゴブリンの頭部に刺さった剣を抜きながらシリウスは、別段、動揺も考え込む仕草も見せず単調に答えた。
──に、しても。
あれ以来、大群での襲撃は一切ない。街の外で群れを構成しているのは、他種族ではなく一種族。
まるで何かが始まる前兆のような──妙な静けさがシリウス達に不穏を感じさせていた。
「魔法士は炎の魔法で死体をいつも通り処理しろ。お前等は、杭を打ち付けて、魔獣避けを縛りつけろ」
「「はいっ!!」」
馬車から杭を取り出し、各々が協力し杭を打ち付ける。だが、この行動が魔獣達にどれだけの影響を与えるのか、正確な事が分からない以上、油断はできない。
鑑定士によれば、機能を発動さえすれば半径三百メートルは魔獣が寄り付かないとは聞く。しかし持続時間は、四日~一週間と疎らだ。いくら、エルフ達が交代制で魔法を轟かせるとはいえ、不安は拭えない。
だからこそ、魔法士が魔力を注ぎ初めて効果を発揮する魔獣避けを、シリウスは直ぐに発動しなかった。
街から発動したなら当然、魔獣と遭遇する、ましてや戦闘になることは有り得なかっただろう。寧ろ、指令書にもそう記されていたが、シリウスの独断で発動を温存していた。なるべく、無駄遣いしたくはなかったのだ。
その分、ラ・ムルテには危険が生じるが百三十人弱いる仲間は、快く承諾してくれた。
「よしっ。次の場所に移動するぞ」
シリウス達は順調に責務を果たしていく。
「あれは、俺達の部隊か?」
シリウスの口からボソッと零れたのは、魔獣と交戦している何者かを視界の端で捉えた時だった。
ラ・ムルの誰かだったとして、杭を打ち付ける場所からは数百メートル離れている。命令に従わず、わざわざ交戦する為に場所を離れる者はいない筈がだが──
白い軍服だったなら、スコルピウスの連中だがそうでもないし、エルフの連中でもない。
「いや……違いますね。あれは街の住人じゃ」
「そんなはずはないだろ。外出禁止がでてんだ」
「じゃあ、あれは一体」
「あれは……アイツは──」
目を細め、シリウスは剣を振るう男を凝視する。
「三種族会議に出てたガキか?」
「どうします?助けに行きますか?」
ここからだと魔獣避けの効力範囲外かもしれない。だが、今ここで隊列を崩す訳にはいかない。優先すべきは杭を打ち付け、街を守る事。
「お前等は、ここにいろ。俺が一人で行く」
「大丈」
「大丈夫だ。俺はつえーからよ」
だが何で一人で外に出てるんだ。距離が近づき、その光景にシリウスは愕然とする。正に目の前で起きてるそれは、小規模でありながら、間違いなく──狂乱必死だった。
亜種と言われる物は見当たらないが、青年、ヤクモだったか。彼を取り囲み襲い狂っている。止むことない強襲は、容赦なく命を狩り取る牙を剥いていた。
魔獣達の激しい攻撃も然ることながら、シリウスがなによりも驚いたのは、ヤクモの剣さばきだった。
それは、距離が縮まるにつれて明らかになってゆく。足元には乱雑に散らばる肉片。その肉片を踏み越え飛び掛る魔獣の首を、右に持つ刀で両断。合わせ、左手で持つ剣で、すぐ様に攻撃に転じていた。
守りを捨てたそれは、勇猛果敢ではあるが、限りなく無謀なものだ。あれでは体力が持つ前に、刃に着いた血糊が斬れ味を奪い、終いには魔獣達に量で押しつぶされてしまう。
若さ故の愚行だ。
「…………」
さて置き、冷静に状況の判断に努める。完璧に取り囲まれた状況。ヤクモの元に辿り着くまでに、十体は切り崩しさなくてはならない。数多くの修羅を潜り抜けてきたシリウスにとって、その数は“たかが”その程度。
救出するには、なんら困難は無い容易いものだ。早く済ませて、部隊に戻ろう。
シリウスは、駆けつつ柄を掴み言葉を漏らす。
「武技・雷吼」
土を抉る陥没音が鼓膜を震わせると同時に、シリウスの肉体は一瞬の向上を成す。
【武技・雷吼】
加速と特攻の意味を持つ武技。両の手足へ均等に闘気を流し込み、その力を用いて身体能力を数秒の間向上させるものだ。特攻する際に鳴らす陥没音が、落雷のそれに似ている事から名付けられた雷吼。
攻撃特化の武技とは違い、一撃は軽いが、今の状況下──いち早くヤクモの元に辿り着くにはこれ程に適した武技はない。
シリウスは剣を斜に構え、足に力を込め一気に特攻をした。




