冷えきった終わり
街を出て事前に予約していた馬車に乗り込んだ四人。見慣れた景色、通り慣れたリュゼ街道。だけれど、毎回会話は弾み、目的地まで時間を長く感じる事はなかった。
そして今回もまた、三時間程の移動を終え目的地に辿り着く。
「此処が朽ちた教会跡なのか?」と、ダイルが問うとイーバは首を横に振るう。
「いんや。この森を抜けた場所にあるらしい」
「なるほどねぇー。でも、本当に魔獣なの?」
「ん?」
「教会跡地なんでしょ? と言うか、異教徒だっけ?お化けとかでるんじゃないの??」
「非現実的すぎるだろ。まあ確かに、スケルトンとかは実在するけど、奴らが巣食うのは戦場や墓地が多い。教会にゃ居ないんじゃないか?そもそもが神聖な場所な訳だし」
「それもそうね」
朽ちた教会跡。嘗て堕天使・シェムハエルを崇拝する異教徒集団が作り上げたとされる教会。都市伝説の域を超えることは無いが──
四人が受けた依頼は、行商人達からのものだった。夜遅く、この森から黒い影が出て行くのを見掛けると言う。安心して往来できない為の討伐依頼。報酬もそれなりに高額だし、断る理由もなかった。
「んじゃあ、隊列はダイル・俺・ヤクモ君・ミーナの順で」
「了解」
「分かった」
「はいはーい」
四人は息を整えると森の中へ入っていく。
生い茂った木々は、快晴の陽光すら遮り、四人が歩く道は薄暗い。木々のざわめきが怪しく鼓膜を掠める中で、イーバはヤクモに語りかける。
「そーや、ヤクモ君も今日で半年になるね」
「そう、だね」
「戦闘は慣れたかな?」
「少しは慣れたけど……イーバ達のようには中々」
「はははっ。そんな簡単に抜かされたら、流石にたまったもんじゃないよ。でも、大丈夫さ」
「そうかな?」
「自信を持とう。な?」
「ありがとう」
これから強くなる。伸び代がある。そう言われて嫌な気持ちになる者は居ないだろう。ヤクモもまた、表情には出さずも心の中では喜んでいた。そして、改めて思うのだった。早く強くなって、三人をもっと支えられるようになろうと。
「しかし、凄いわね此処」
「確かにそーだなぁ。まるで手付かずだ」
道という道もなく、数メートル先では野生の動物が意気揚々と駆け回っている。空気も澄んでいるし、嫌な雰囲気もしない。だが、その考えは歩いて二時間程だった頃に変わる。
野生動物の姿も鳴き声も無くなり、嫌な空気が進行方向から流れヤクモの体に絡みつく。
──刹那。足元で何かを踏み折る音が鳴った。
「ひゃっ!?」
「ひゃって……ニーナ……」
「うっさいわよ、ダイル!」
「こりゃあ……骨、か?」
「だね。でも、鹿や猪にしちゃあ太すぎるな」
「まさか……人間?」
「その答えは、あの場所に行けばわかるだろ」と、イーバが指さす先のは陽光が射す開けた場所。
「あそこが朽ちた教会跡なのね」
「だろーな」
イーバの号令で、再び歩き始めた。ダイルは盾を手に持ち、イーバは腰にぶら下げた片手剣の柄を掴み、ミーナは杖を力強く握る。
──そして。
「凄い綺麗だ」
教会は見る影がないけれど。赤い花が一面を覆い、幻想的な空間を作り上げていた。いままで見たこともない。それこそ、美しいだけでは表現しきれない神秘。ヤクモは自然と息を呑んだ。
「よし。此処までくれば大丈夫だな」
「大丈夫って何が?」
何故かヤクモを囲うように三人は立っている。向ける視線は冷たく怖い。ヤクモがイーバの目を見つめていると、肩が微かに動く。
「……プッ。──ひゃっはっはっは!! あーあ、傑作だ。本当に傑作だよ」
「傑ッ……え? なに?」
「いいか、ヤクモ。お前は此処で死ぬんだよ」
「死ぬって、なんの冗──」
「おっと、動くなよ金ズル」
イーバは躊躇うことなく剣の切っ先をヤクモに向ける。
「お前は俺達の評価を上げる為だけの存在だったんだよ」
「え?」
「良く考えてみろよ叛逆者。皆が断る中で、お前をパーティーに入れてみろ。周りの目は、お前に対して冷たい視線を向けるだろうな。だが、俺達には違う。優しくて思いやりがあるパーティーとして認知される」
「まって、まって。意味がわからない」
ヤクモは激しい動悸に苛まれ、呼吸すらままならないパニックに陥る。仲間じゃなかった。騙されていた。でもそんなはずは。過ごしてきた半年間の思い出が、今ある現実から目を反らせと働きかける。
「だって今回だって、多額の報酬があるから山分けだって」
「そうだぜ?その山分けにお前ははいってねぇけどな」
「え?」
「今回の報酬。それは、お前の死によって支払われるギルドからの金だ」
その言葉で全てを理解した。つまり飼育されていたのだ、その時が来るまで。パーティーに入って半年経てば、ギルドから死亡手当がつく。彼等は鼻っからそれが目当てだったのだろう。
加えて、叛逆者を父に持つ者を大切に扱ってれば、評判は良く。仮に死んだとしても彼等を咎める者は誰一人としていないだろう。むしろ、良くやった──と、評価をされてもおかしくはない。
騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された騙された。
視点は定まらず、頭は激しい痛みを伴う。追い打ちをかけるように、耳鳴りを縫って聞こえる笑い声。
「ましてや、使えないユニークスキルしか持たない奴をいつまでも置いておくはずねぇだろ」
首筋に剣をイーバが添えた矢先、ミーナが言う。
「イーバ、どうやら私達が手を下さなくても大丈夫みたいよ?」
「まさか此処に死を運ぶ狼が居るなんて」
「流石に三人で死を運ぶ狼の相手はキツイぞ」
「だな。ダイル、あの瓶をよこせ」
「はいよ」
ダイルがイーバに手渡したのは、ドロっとした赤い液体の入った小瓶。蓋を開けると鼻を衝く強烈な匂いが襲った。するとイーバは、その液体をヤクモの頭からかける。
「うーわ。最悪ー。これ、本当は布切れとかに染みらせて使うやつじゃん! 人に使うとか……あ、人じゃなくて使い捨ての道具だったっけ。あははは」
「これは獣の血だ。ヤクモ、わりぃな。お前は俺達の代わりに死んでくれ。ダイル」
「はいよ」
ダイルはヤクモを持ち上げると豪快にヘルハウンドの元へ投げつけた。強い衝撃が襲い、脳が揺れ視界は霞む。
どうにか立ち上がり、振り返ればそこに三人の姿はない。
あの笑顔も、語った将来も全てが偽りで全てが嘘。知りたくもなかった現実を目の当たりにし、ヤクモは強く口の端を噛み締めた。
「クソが……クソが……うぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
怨嗟の慟哭が無情に響く。
「俺は死ぬ……のか……?」
「グルルル」
ヘルハウンド達はヤクモの状況など知るはずもなく、鋭い双眸を向けて唸る。鋭い牙を剥き出し、ヨダレを垂らした魔獣を目の前に、戦意もないヤクモはそれでも刀を向けた。