帰途
この選択が正しかったのかは分からない。もしかしたら、肩を支えてあげた方が良かったのかもしれない。でも、きっと彼女はヤクモの前で本当の弱さを見せはしないだろう。
馬を撫でながら色んな事を考える。考える事しか出来ない事を悔やみながら。気が付けば、陽は傾き始め影が伸びる。何時間ここに居るだろうか。
そんな時だった。林の茂みから物音がし、ヤクモは咄嗟に音の先に視線を送る。そこには申し訳なさそうに経つリュカの姿があった。
目を腫らし、立つ彼女を見てヤクモは手を上げる。
「もう、良いのか?」
歩み寄るリュカにそう問えば、みじかく頷いた。
「うぬ」
「そっか。じゃあ、帰ろう」
「そう……じゃな。少年、ありがとうの」
「仲間だろ。気にするな」
馬にまたがり、手を差し伸べる。
「わっちは飛べるぞ?」
「こんな時ぐらい、俺にやらせてくれ。リュカみたいに空は飛べないけどさ。乗馬は中々、自信があるんだ」
「……うぬ。ならば、お言葉に甘えようとするかの」
手を握り、少し強めに引き上げる。後ろで跨り、リュカはヤクモの腰に腕を回す。上半身で感じるリュカの身体は、いくら強い魔法を使えど、魔人と言えど、やはり女の子だった。だからこそ、余計に守りたい。そう思い至るのは男として必然だろう。
馬を走らせ帰途につく間、ヤクモはリュカに訊ねた。
「リュカはザザンに用事があった。──そうなだろ?」
「そうじゃ。わっちは、ザザンを含む一帯を治める領主・クザが一枚噛んでいると踏んでおったんじゃ」
「根拠はあるんだね?」
「うぬ。確信では無いが……多くの奴隷があの土地に流れておる」
「なるほど……」
ザザンでは未だに数多くの奴隷を抱えている。むしろ、最近は奴隷商人の姿も多く見られていたが、奴隷を買う者が多くなるのは景気の良さを表すもの。そう聞いていたので気にもならなかったが──
「名前も生まれ故郷も親族との繋がりもない奴隷。彼ら程、実験に使いやすい人間……いや、人材はおらんからの」
「……残酷すぎる。何とかならないのか?」
「わっちも何度か偵察には行ったのだが、証拠を掴むどころか入口にすら立てなかった。奴らは馬鹿ではない。加えて、軍事力だって持っておれば、わっち一人では出来ることなど限られておる」
「じゃから……」と、リュカは話を続ける。
「囚われた仲間を救い、挽回しようと思ったのじゃが。フォルタの姿を見るからに、ほかの仲間も自我を保てているのか危うい。完璧に手詰まりじゃ」
ヤクモ一人が協力した所で、雀の涙程度の影響力しかない。大所帯の冒険者パーティーなら、多少は希望がもてるかもしれない。──あるいは。
「まだ絶対ってわけじゃないんだ。希望は捨てずに、今出来る事をやって行こう」
「……じゃな」
「まずは、アヴァロンの危機的状況を打開して。当初の目的だった、情報を聞き出そう」
「そうじゃな。それしかなさそうじゃ」
今悩んでも魔人の件は解決ができない。今回の件アヴァロン襲撃だって、亜種が絡んでるって事は全てが繋がっているって事になる。運が良ければ、何かしらの手掛かりを得る事だって出来るかもしれない。
期待は薄いかもしれないが、ゼロではないだけ十分だろう。その為にも、状況把握もしっかり出来るぐらいの心の余裕を戦場に於いても維持しておかなければならない。
その為にも鍛錬は欠かさないようにしなければ。
「そう言えば、リュカ」
ふと、頭に疑問が過ぎる。
「ん?」
「俺が持つ【錬聖】とかって何人ぐらい居るの?」
「その事か。【聖】を連ねるスキルは元来、四大天使が持っていた力と言われておるのじゃ」
「四大天使って、女神エミルに仕える大天使の?」
嘗て、女神エミルと魔神ムルタ。そして竜神アウクトル。この三柱は世界の覇権を握る為に争ったと言われている。大いなる力はぶつかり、地表は隆起し風は生まれ大海が出現した。有名な創世記である。そして、人間を創ったとされる女神エミルに付き従っていた者達こそが、四大天使だ。
武の天使・エスパダ。錬金の天使・アルケー。叡智の天使・ダール。そして、彼らの中で一番の力を有していたのが、発言の天使・オノマ。彼等は絶大な力を有しており、これらが女神エミルが個々に自らのチカラを授けたとされている。
言わば、エミルの分身体ともいえるだろうか。
「そうじゃ。じゃから、わっちはこの世に四人しか居ないと思っておる」
つまり、ヤクモが得た力は、その四大天使の中の一柱が持っていた力と言うのがリュカの見解らしい。
「父さんの【剣聖】」
多分これは、武の天使・エスパダの力だろう。
「俺の【錬聖】」
ありとあらゆる神具を創ったとされる錬金の天使・アルケーのものだろう。
「あと二人か。一体どんなヤツが持っているんだろうか」
「どうなんじゃろうか。分からぬが、わかる事は秀でた力を持っている者って事だけじゃな」
敵に回ったら厄介なのは間違いがない。だが、仲間になったならこれ以上心強い者はないだろう。と言うか、もし死んだら四人しか得られないスキルなら、どうなってしまうのだろうか。そんな事を考えながら、ヤクモは傭兵都市・アヴァロンへと着くのであった。




