憧れ
そこからというもの、ミューレは本分を忘れ罵声に限りなく近い惚気を数十分にして語り続けた。
話の骨を折ろうにも「聞いていますか!?ヤクモさん!有り得ませんよね!?」とか、事ある毎に話を振られては難しい。
しまいには──
「なんで俺に回復薬を……自分で渡せばいいじゃんか」
テメリオイに使ってくれと半ば強引に手渡された小瓶を見て、ヤクモは堪らず心中を吐露した。
「まあまあ、そんな事を言うでない。少年もちーっとばかし、女心を分かるべきじゃったなぁ」
「女心って……」
傍から見たら、毛嫌いしてると思うだろ普通に考えて。
「まあいいや。次は、ドワーフの所を案内頼むよ」
「承知なのじゃ」
暫く歩いて、ドワーフ達が取り仕切る地区へと入る。エルフ達が取り仕切る地区では、緑も多く吹く風も涼やかな感じだったが。
ここは熱気が凄い。工場が多く、煙が天に色々な所で登っている。しかも、人達の喋り声よりも何かを打ち付けるような音が響き渡っている。
「すっげぇ……」
隣で音に対し嫌そうな表情を浮かべるリュカの横で、ヤクモの心は踊る。何かが生まれる瞬間の高揚感。彼等に携わってなくても、熱気から伝わってくるのは同業者だからだろうか。
小窓から見えるドワーフ達は一心不乱に鉄を打つ。時に激しく時に弱く。さながら、楽器を奏でる音楽家のようにリズム良く。高熱で汗を垂らし、その汗を隆々とした腕で拭い捨て。真剣な眼差しで、向き合い。そして命を吹き込む。
「ここじゃな」
リュカが立ち止まったのは、工場の中でも一際大きい建物だ。扉を開ければ熱風が髪を後ろへ靡かせる。
中では数多くのドワーフ達が役割を分担し、武器を製造していた。
「おい!テメェら、邪魔だよ!!」
「ひぃ!!」
物凄い剣幕で睨まれ、リュカが竦む。これが、鬼と言っていた所以か。
「わ、わっちは外で待っとるから!!」
「お、おう」
まあ、邪魔をしているのは確かだし。怒鳴られても仕方がない。そんな事で怖気付くほど、刀鍛冶師歴は短くないのだ。
ヤクモは「さっさと出てけ!」と、怒鳴ったドワーフに懲りず近づいた。理由は単純だった。一番初めに話しかけて来たから。
「すみません!!」
座り、素材を炉に入れて熱しているであろうドワーフの後ろから耳元で訊ねる。すると、言を強めて返答した。
「あ?」
「ダンズさん、どこに居ますか?」
「何でそんな事言わなきゃなんねぇんだ?お前、冷やかしにきてんのか?」
「いやいや、冷やかしだなんてとんでもない。今の工程は積沸かしですよね?」
積沸かしとは、数種類の素材を炉の中に入れて熱し溶かし一つの塊にする工程を指す。刀作りにおいて二番目にあたる部分。材料の配合や熱加減で後々に響く重要な工程とも言える。
職人とは近しき者には、妙に親近感を持つ不思議な種だ。斯く言うヤクモもまた、戦略的に話を振るった訳ではなく、ワクワクした気持ちから自然とでたものだった。
「……そうだが、よく知ってんな坊主」
「一応、これでも刀鍛冶師をやってるので」
「そうなのか!ダンズさんだったら焼入れ銘切りをやってる。丁度、ここを真っ直ぐ行った場所にある」
【焼入れ】
耐火性の粘土に木炭の細粉、砥石の細粉を混ぜて焼刃土を作る。これを刃文の種類に従って、土塗りをし。焼きの入る部分は薄く、他は厚く塗り、これを約八千度くらいに熱して、頃合いを見て急冷する。かなり重要な工程。
流石はドワーフの長だ。ヤクモは一礼すると、言われた場所に邪魔にならないように最大の配慮をしながら向かった。近づくにつれ、熱気がとても伝わり汗が止まらない。
「ダンズさん、こんにちは」
「これは、ヤクモ殿。どうしたのかな?」
「今大丈夫でしょうか?」
「丁度、剣を一本打ち終わった所ゆえ、大丈夫だ」
「お忙しい中すみません。ダンズ、一つお願いがあるんです」
ヤクモは、自分の刀を焼き直しを含めた手入れする為に道具や炉を借りたいこと。その為の費用はしっかりと出すし、なんなら手伝える時は手伝う条件をだした。
ダンズは太い腕を組み、暫し黙考してから頷いた。
「ほんじゃあ鍛錬・革鉄革鉄を頼めるか?」
「是非!!」
ドワーフは名工が多いと言われている。その太い指からは想像のできない繊細な動き。芸術的感性。彼等は刀鍛冶師として、尊敬に値する存在だ。
「とは言え、ワシらにもリズムがある。手伝うのは今日一日限りでいい」
「ありがとうございます。それと、消えた魔獣の事はダンズさんに聞いたら分かると言われたんですが」
「ああ、そんな事か。アイツらを燃やして魔石を収集している最中だ」
魔石が魔獣から出来ているなんて初見だ。
「え?魔石って、魔獣から手に入るんですか?」
「知らなかったのか」
「お恥ずかしながら」
ダンズ曰く──
魔石とは魔獣や魔竜を一定の温度で燃やすと出現する結晶を纏めた物らしい。結晶の大きさは、種類や生態によって大きく変わるとの事だ。
付け加えるように「ギルドでも、依頼遂行の確認の為に死体を集めるだろ?それは、魔石の採取も兼ねているんだ」とも言っていた。
「つまり、ここで魔剣も作っていたり──」
「おう」
「すっげぇええ!!」
ここに来て正解だった。驚いた様子をダンズは浮かべているが、もうそんな事はどうだっていい。最高すぎる。興奮は最高潮。そんな時だった。
「ダンズさん!!」
血相をかいて、ドワーフがダンズに話を持ちかけた。
「どうした!?」
「魔獣を燃やしている焼却炉が囲まれました!!」




