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刀鍛冶師は青春を謳歌できない

 アヴァロンに戻ったヤクモは宿屋に向う。今日はもう夜遅いし、明日は朝早くから行動したい。そんな考えが、ヤクモの思考から寄り道の選択肢を消し去っていた。


 ──に、しても。


 改めて見ると、本当に酷い有様だ。だけど、ザザンとかよりも素晴らしいと思える事も、不謹慎ながら此処にはあった。


 騎士が居る街では、もしこんな有様になった場合。間違いなく騎士だけ(・・・・)が、重労働を強いられるだろう。中には、事後に対して文句を言いまくる大人だって現れるかもしれない。まあ、国を守る為に騎士になったのだから、当たり前かもしれないが。


 しかし、アヴァロンの住人は違う。彼等は手を取り合い力を合わせ対処する。文句一つなく、困ってる人が居たら手を差し伸べるのだ。故に通りすがる人達は、暗い表情よりも、笑顔を作る事が出来るのだろう。


 色んな意味で、強い。ヤクモはそう思った。


 手と手を取り合う行為は見ていて心が洗われる。ヒューランとは少し違った暖かさっていうのだろうか。似ているようで異なる、アヴァロンとヒューランの違は、身内か否かだ。


 宿まで少し歩いたが、住人がヤクモに向ける視線は些か冷たい。きっと部外者だと分かっているのだろう。そして熱が冷めたかのように、視線を外して世間話に戻る。


 彼等は部外者に対して敵対心を抱いているようにも思えた。そう言えば、リュカが「ここに住み着くものは訳ありが多いんじゃ」とか、言っていた。その訳あり(・・・)が関係しているのだろう。


「へい、おかいんなさい」


 宿に入ると無愛想な店主が、カウンターを拭きながら出迎えた。


「ただいまです」


 軽く会釈をしてヤクモは自分の部屋に戻る。


「ただいまー」と、ドアを開ければリュカがベッドで寝そべっていた。


「んあ? お帰りなのじゃ」


 本当は、リュカと別の部屋にすべきだったのだろう。だが、現状が現状であり、自分達が宿の部屋を贅沢に使う訳にはいかないとヤクモは思った。家が倒壊、または燃えてしまった住人も宿に泊まったりしているからだ。


 宿に泊まれたのだって、一重にテメリオイの口利きがあってからこそ。故に、シングルベッドで一番狭い部屋を二人で過ごす事となった訳だが──


 リュカは意外と嫌な顔一つせずに承諾した。寧ろ「夜な夜なわっちを襲うなよ?」


 からかうような笑みを浮かべてすらいた。だからヤクモは変な緊張感を覚えながらも、ちゃんと否定していた、筈。そりゃ目の前で寝そべる彼女の体は魅力的だ。色は白いし、ハリがある。にも関わらず、隙がある格好を平然とするものだから、目のやり場に困る。


 一緒にいるのが紳士だから故に襲われないが──否。襲う勇気もない男だから安全だが、もう少し自重して欲しいと、ヤクモは常々思う。


「少年は、何処に行っておったんじゃ?」

「ちょっとね。あ、そういやあ、リュカ」

「なんじゃあ?」


 リュカは体を横に向け、頬杖を付きながら椅子に座るヤクモを見る。


「【執念】ってスキルを聞いた事ある?」

「執念?」

「うん。体得したみたいなんだ」

「ほほう。それは良かったではないか! でも、残念じゃが……わっちは知らぬ」

「そうかぁ。効果が分かれば、戦い方も変えられると思ったんだけどなぁ」

「なんじゃ、そんな事か」


 ひょいと起き上がると、ベッドの端に座ってリュカは言った。


「ならミューレに会えばよい。あやつは看破のスキルを持っておるからの」

「でも、大丈夫なの?」

「なにがじゃ?」

「いや、ほら」


 テメリオイに対しての辛辣ぶり。あの目は間違いなく、嫌悪を宿していた。人に余っ程の敵意がなきゃ、あんな表情は作れない。


「三種族会議の時に」

「ああ、テメリオイに対してか」

「そうそう」

「それなら問題ないから安心せい」

「そうなの?」


 首を捻れば、リュカは短く頷いた。


「まったくもって問題ないぞ。寧ろ、あれは全然問題にならぬ。──いや、あるいは違う意味で問題に……」


 気難しい顔をして、リュカは何かを考えているようだ。


「……ふひッ」


 ──ふひッてなんだよ。


 とても危険な感じが漂っている気がしてならない。だが敢えて言及はやめよう。なんか良くない感じがする。リュカの漏れた笑いを聞いて胸に決めた。


 どちらにせよ、ヤクモは部外者であり、口出しする事でもないのだから。椅子に寄りかかると、天井を見上げた。


「まあ、大丈夫なら良かった。明日、ミューレさんの場所まで連れてってくれる?」

「よいぞ。他に周りたい場所はあるんかの?」

「あるっちゃあ、ある。ドワーフの工場にいきたい。この刀を手入れしたいんだ」


 お願いすると、煙たがるような顔をあからさまに浮かべてリュカは言った。


「……よいぞ」


 いや、絶対良くないだろ。その顔は絶対に良くないだろ。


「無理に大丈夫だよ?誰かに聞いて行くから」

「よ、よいと言っておる!! じゃが、覚悟しておけ……あやつらは、鬼じゃ!!」


 何かを思い出したか、顔を蒼白させたまま語気を強める。まるで訓練生が明日提出の重要課題を紛失してしまったかのような、そう、気の動転ぶりだ。


 目の前で身震いする魔人の彼女とドワーフが以前何かあった。それだけは占い師でもないヤクモでも、手に取るように分かった。


 それらを踏まえた上で、ヤクモは再び問う。


「本当に大丈夫なの?」

「だ、大丈夫じゃ!!」


 若干、意固地になっている気もしたが。故にこれ以上の展開は望めないだろう。


「なら、明日はよろしくお願いね?」

「任せるのじゃ!!」


 言動がここまで伴ってないのは初めて見たが──


「それじゃあ今日はもう休もう」

「そうじゃな」


 ヤクモは体を洗い歯を磨き、淡々と寝る準備を済ませると床に横になった。リュカは一緒に寝ても構わないと言ってくれたが、あの幅で一緒に寝るとなれば体は間違いなく密着する。


 互いが背を向けて寝たとしても、背と背が触れ合ってれば結局変わりがない。そんな事態の中で、心を落ち着かせる事なんか出来ないのは、人生経験がまだ浅いヤクモでも手に取るようにわかった。


 彼女は魔人であれ、一人(・・)の女性だ。寧ろ女性と密室で二人ッキリってだけでも、気持ちはドキドキなのに。一緒の布団となれば、心臓がいくつあっても足りはしない。


 こうやって床で寝てても意識してしまうのだから。ヤクモが出した答え、とった行動は間違ってはいなかった。


 ──羊が一匹。羊が二匹。羊が三匹。


 目を強く瞑り、寝る事につとめる。だが何故だ。さっきまで眠たかったのに、眠気が何処かに行ってしまった。


 暗い部屋を包む静寂の中、微かにヤクモの鼓膜を掠めるリュカの穏やかな寝息。寝返りを打ったのか、さっきよりも近く聞こえるそれが意識をリュカへと手繰り寄せてゆく。


 どれぐらいの距離なのだろうか。


「…………ッ!?」


 頭に衝撃が走り、それを理由に言い訳にヤクモが振り返れば、手をダランと垂らしうつ伏せでリュカは寝ていた。その表情は、うつ伏せの為か苦しそうだ。


 ここでヤクモの時は暫く止まる。その間、頭の中では様々な検討がなされていた。


 このまま寝かせるのか。位置を戻して、布団を掛け直すべきか。ただ触れたいだけではないのか。少しなら触れてもバレないのではないのか。触れてみたい。女性の体に。


 ──ええい。そんなんじゃない。


 ヤクモは起き上がると「ごめんよ」と、小さい声で囁くと、服の部分に手を添えて体の体制をかえる。


「よし……ッと」


 月明かりがカーテンの隙間からリュカの安らかな寝顔を照らす。


 細くて綺麗な首筋に、少しはだけた胸元。微かに香る柑橘系の匂い。潤って艶やかな唇。いつもは勝気な瞳で頑固な部分が多く、霞んでいたが。そう、リュカは美女なのだ。そして目と鼻の先に無防備な美女が寝ている。


 ──少しだけなら。


 煩悩が理性の鎖を食いちぎろうと暴れ出す。そんな時だった。その声がヤクモの煩悩を強制的にねじ伏せた。


 誰に向けた言葉だったのか。ただその言葉がヤクモに向けられた言葉じゃない事だけは理解ができた。


「……ごめんなのじゃ」


 ──最低だ。

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