我らが未来に栄えあり《レウィルティ》
館の奥には女神エミルが祀られている祭壇がある。女神の銅像に手を添ると、魔力に反応しゆっくりと音を歪ませ橫に動いた。
像が元あった場所には隠し階段が現る。水が滴り、隙間風は魔獣の呻き声のように鳴り、吹き抜ける風は生暖かい。さながら、魔獣の口内に自ら足を運ぶような感覚だ。
明かりもなく暗い階段を松明を頼りに下れば、一本道の突き当りには鉄扉がある。手を翳し、本人である認証を終えると扉は自動で開いた。室内には明かりが灯る。そこにあるのは、六つの純金で出来た鏡と、一つの椅子。他に何もない寂れた空間で男は、慣れた様子で深く腰をかけた。
足を組み、膝の上で手を編んで暫く待っていると、魔力干渉により電気が数回点滅。そして──鏡には人の影が映る。
「待たせてすまないね。では、始めるである」
少し老いた声が鏡の一つから発せられた。
「別に待ってないわよ。早く話を済ませましょう。私は私で忙しいのよ」
嫌々な様子が音声と影だけでも分かる。彼女はいつだってそうだ。他の事なんて一切考えていない。ワガママで傲慢で煩悩に塗れた──令嬢だ。
「まあまあ。そう言うでない、クイーンよ」
「ふん。しかし、このクイーンだとかポーンだとか何とかならない訳? 別に私はクイーンじゃないのだけれど」
いい加減、話の骨を折られる事に嫌気がさし、男は間に入る。
「此処では名前を呼ばない掟。あくまでも呼称に過ぎん。別に誰もお前を女王だなんて思っていないのだから、安心したまえ」
「なッ!? ポーンの分際で!!」と、悪態をつくクイーンの横で小馬鹿にする笑いが微かに聞こえると、紳士的な声がポーンに便乗する。
「おやおや? 嫌だとか言って一番気にしているのはクイーンじゃないですか?」
「ルークも、そう言うでない。儂等が揉めてどうするんだあるか?」
「まあ、そうだな。んで、ビショップのじいさん。今日もキングとナイトは来てないのかい?」
鏡は二つだけ機能していない。毎度毎度、本当に何をしているのだろうか。キングは百歩譲って分かるとしても、ナイトが着任してから一度も姿を見せてないのは腹が立つ。
世界を本当に変える気が奴にはあるのだろうか。
「そうさなあ。来てないみたいである」
「ふん。やっぱり時間の無駄じゃない」
「いいえ。今回はただの報告だけじゃないみたいですよ?そうですよね? ビショップ」
ここでルークがビショップに話を振るって事は、計画に進展があったのだろうか。ポーン達の計画は、ビショップの成果にかかってると言っても過言ではない。
ポーン達は全面的にビショップをサポートし、人間と資金を提供する。多くの人間が死んだが、人の世を明確にする為の礎だと思えば、光栄な事だろう。
「うむ。皆様の御助力のお陰で、実験も捗ってるのである」
「もしかして完成したの? 私達が求める兵器が」
「残念ながら、それはまだもう少しかかりそうなのであるな」
「なによ。やっぱりまだなんじゃない」
「じゃあ、何があったんだ?」
「儂等の計画の邪魔になり兼ねない無法の都市・アヴァロン。そこをキマイラで襲撃している最中である」
【キマイラ】
ポーン達が求める兵器になれなかった失敗作であり、魔人の贋作。命令にも従わず、本能のまま暴れる化け物。だが、自分より下の魔獣を従えるだけの統率力があるって話は、以前の結果報告で把握していた。
「まあ、搬送中に何人か喰われてしもうたがね。ひひひ。だがね、それだけじゃないんだね、今回は」
「ほう」
「なによ、早く言いなさいよ」
「見事、魔獣のDNAの癒着した者がおります。まあ、自我は崩壊し、微かな理性しか残っては無いみたいなんだがね。奴は微かな理性──残った記憶の為に命令を聞く。しかも!!」
唐突に呼吸を荒らげ、興奮を露わにするビショップ。彼は事これに関する話をしだすと、些か暴走気味になる。正にマッドサイエンティストだ。故に、人の悲鳴も絶叫も彼には届かない。彼にとっては、その一つ一つが求める結果の材料なのだろう。
「そいつは司令官を担えるんですわい!!」
「と、言うと?」
「つまり。ビショップが言いたいのは、こうかな? その魔人もどきが、キマイラに指示を出す。そして、キマイラが魔獣に指示を出す事ができる──と」
「さすがは、天才と名高いルーク!素晴らしいですぞ!是非とも脳を見せてもらいたいである!」
「ははは。それは、遠慮おくよ」
「残念であるな。まあ、結果的に失敗作なのだが、彼を使って是非とも欲しい人材があるんですわい」
一呼吸置いて──
「人族を治める男・テメリオイは絶対に欲しいんであるな」
「テメリオイ……ねえ? 魔獣達でなんとかなるもんなのか?素直にアヴァロンを陥落させて、傭兵達を全滅させた方が良いと思うが」
何故、アヴァロンが独立出来ているか。過去、王位についた者が交わした条約によるものだ。
もし、国家に破滅の危機が訪れた時は、盟約に誓い力を貸すと言う。ないとは思うが、あの王が突如として剣を向けてきた場合、アヴァロンの傭兵達と手を組む可能性がある。
彼等は手練だ。排除できるなら排除しておきたい。
「何を言っておるんだね!! 材料は使ってこそ意味がある! 大丈夫である。騎士達も助けに来ない、アヴァロンの住人なんか恐るるに足りないではないか!」
確かに騎士達は関わりを持つ必要もないわけだが。こうなってしまっては、聞く耳ももたないだろう。
「それなら良いのだが……。俺達の目的は」
「分かっている。魔獣・魔竜の排除。人の世を磐石にする為の機関であるよ」
「それなら良い。報告は以上だね?」
「うむ」
「では、この辺で。俺も長く空けてれば、うるさいヤツがいるのでね」
「はあ、終わったおわった。かえろーっと」
「では、僕もこの辺で。我らが未来に栄えあり」
「「我らが未来に栄えあり」」




