燃ゆる命
帰路につく間に色々な事を考えていた。まず一つは、ドワーフの工場に行く事だ。自分の刀を手入れしたいのもあるし、仕事の様を見てみたい。 優先順位としては、それが一番だろう。あとは、習う事は無理だったとしても、テメリオイの仕事ぶりをみてみたい。
ヤクモ個人に出来ることは、限られてる。だが個々のいい所を盗めたなら、何かを出来る幅──もとい、可能性は広がるはずだ。
「そうやぁ【執念】ってスキルを体得したッて言うけどなんなのだろうか」
先程のオーガ戦で得たスキルだが、これは【伝承】ではなく【潜在】によるものなのは理解出来た。あと分かる事とは、攻撃系ではなく補助系にあたるものだろう。
これが伝承不可能な固有武技とかなら、もっと戦いの幅も広がったと言うのに。人生はそんなに甘くないという事か。無意識に長めの溜息が口の隙間から漏れるぐらいには、ガッカリしてしまっていた。
スキルに関しては、レアスキル【看破】を持っている者が居ないと、詳細は分からない。故に、戦いを繰り返す中で把握をする必要があるだろう。
──せめて、使えるスキルだったならいいが。
そんな事を考えている頃、リュカはテメリオイの所に行っていた。
「まったく。お前さんには、 欲望はないのかのう?拠点に住み着くなんぞ」
ソファーで寝っ転がるテメリオイを見下ろして言えば、耳をほじりながらとぼけた表情を浮かべ口を開く。
「んあ? ああ、リュカか」
そうは言うが、間違いなく気配には気がついていた。
「物欲はねぇけど欲望はあるぜ?」
よっこらせっと、起き上がるとテーブルの上に置いてある飲み物をグイグイと飲み干した。に、しても、テメリオイの居城とも言える此処は相変わらず警備が手薄すぎだ。正直、侵入出来る場所なんかいくらでもある。
酒場で笑い話の話題にされるぐらいにはオンボロだ。
何度も首を狙われている可能性を考えろと言っているのに「んあ? あー大丈夫大丈夫」と、軽くあしらわれるのだ。確かにテメリオイを背後から首を狙う愚か者は、この街にはいないだろう。
もし居たとしたのなら、流れで辿り着いた者ぐらいか。それ程までに、目の前でほげらーとしている男は強い。
戦いに関しては天性の才覚を持っていると言っても過言ではない。魔竜の硬い鱗諸共、首を断ち切った。だとか、ゴブリンの群れ百匹を一振で壊滅させた。とか、誇張された噂話が酒のツマミになったりもしている。まあ、この男ならその噂話を実話にしてしまいそうだが。
それこそ、今みたいな何も考えていなさそうな顔をしながら。故にこのテメリオイと言う男は面白い。
「ほう。欲望とな。聞かせてもらおう」
対面した形でソファーに腰掛けると、テメリオイはニカッと笑顔を向ける。リュカは理解した。このたった一瞬で、彼が本当にどうでもいい発言をする事を。あからさまに苦い顔を咄嗟に浮かべて──
「やっぱいいのじゃ」
「なんでい」と、不服そうな顔一つ浮かべ、ソファーに寄り掛かる。
「ちゃんと薬は飲んでおるんか?」
「薬? ああ、あの事か。一応、な」
テメリオイは視線を伏せ、自分の手をじっと見つめる。
「だが、もう長くはねーだろうな」
神は天才に二物を与えず──とは、よく言うが。正に彼はその例に則ってしまった男だった。完治不可能な病に体を蝕まれ続け、激痛は全身を這う。今は痛めどめを服用し、辛うじて平然を装って居るのだろうが、投薬による完治が出来ない以上、テメリオイの命は着々に終わりへ向かっている。
「他の奴には言ったのか? あれから」
「いや。心配はかけれねぇからな。知ってんのは変わらず、お前とミサだけだ」
だけど、目の前の男は笑うのだ。運命だから仕方ないと、受け入れ、尚且つ今出来ることを熟す。
「そうか」
「まあ、俺が死んだってスコルピウスがなくなるわけじゃねえ。ミサだって居るしな」
憂いた表情を浮かべてしまえば、目の前で笑う漢に負担がかかってしまうだろう。ゆえにリュカは、じとっとした視線を向けて指さした。
「それはそうじゃなあ。じゃが、お前さんよ」
「なんだね、リュカ君や」
「死ぬ前に、この拠点だけは建て直しとくんじゃぞ。ミサが次代だとして、女子にこんな建物は余りにも可哀想じゃからのぅ」
「ちげーねぇや!! ガーハッハッハッ」
笑い終えたと同時に、テメリオイが「あっ」と口走る。リュカはその言葉に耳を傾け訊ねた。
「何でここに来たんだ? まさか、俺の体を案じて来た訳じゃねぇんだろ?」
「うぬ。少年を見なかったか?」
「ヤクモかあ。なんか思い詰めた表情してたからな。夜風にでも当たりに行ってんじゃあねぇかな?」
本当にこの男は、人の顔をよく見ている。
「まあ放っておいてやりな。男は悩んで苦しんで強くなる。ましてや、思春期真っ盛りぐらいの子供だ。心が不安定なのは仕方ないさ」
「そう、じゃな。わっちに出来ることは待つだけじゃな」
そう答えを出したなら、テメリオイは「カァァっ」と、喉を鳴らす。その表情は眉間に皺を寄せ、呆れたかのように首を振る。
「なっちゃいねぇ。なっちゃいねぇーよ!さてはお前、男の一人もできた事ねぇだろ?」
「お……お……おとぎょじゃど!?」
唐突の核心。予想外の言葉。リュカの頭は真っ白になり、少し長い耳と頬は紅がかる。
「ガハハ!その反応じゃ、本当にできた事ねえみたいだな」
「う、うっさいわい!!」
誰も魔人である体を好いてくれる人なんか居るはずがない。この体に成り果てた時点で、恋だの愛だのは捨てた──違う。リュカは諦めたのだ。
そりゃあ、夢もあった。ドレスを着て。皆に祝われて。だけど、そんな夢は持ってはいけない。思い込むことにしたのだ。
「だからよ。待つんじゃなく、支えてやればいい。影でな?男なんか素直に弱さを見せらんねぇ生き物なんだから。待ってたって、いつまで経っても強がるだけだぜ。特にあんぐらいの年頃はよ」
一呼吸置いて、テメリオイは問う。
「でも、人を気にするなんざ珍しいな。やっぱ、カルマの息子だからか?」
「それもそうじゃ。カルマさんを、孤児院の皆を守れなかった。じゃから、少年を守りたいと思ったんじゃ。じゃがな、それだけじゃない」
出会った時に見たヤクモの背中。自分より勝る相手を目の前にしてもなお、生にしがみついて立ち向かい続けた勇姿。終いには、形勢を逆転までしてみせた。
彼を見ていると、自分も諦めなければ必ず報われる。改めて強く思う事が出来たのだ。
リュカは膝の上で編んだ指を強く握り、思い返しながら口を開く。
「……恩人じゃ」
「恩人、ねえ。なら尚更、大切にしなくちゃならねぇな」
「そうじゃな。そこで一つお願いがあるんじゃ」
「なんだ?」
「体が辛くない時でいい。少年に一つでも武技を伝承してはくれぬかの?」と、リュカ達が話をしている数時間前──
とある領地、その中にある一つの館では。




