執念
三種族会議が終わり、ヤクモは一人で外に来ていた。日は落ち、平野は夜の顔を見せる。月に照らされ、凪いだ風に草は撫でられ、緑の匂いがヤクモの思いを宥めるかのようだ。
自然に身を委ね深呼吸をしてみたものの、やはりこの気持ちが落ち着くことはない。今、ヤクモが抱いてる感情は自身に対しての不安感だった。
自信がなかった。士気を高めるテメリオイ達と同じ歩幅で歩める自信が。あの会議は凄かった。街を統べるもの達の覇気。毅然たる姿は、見ていて圧巻されてしまう程だ。自分もテメリオイ達のようになれたら──なんて願望を頭の隅に起きつつも、街の状況をヤクモは思い出す。
アヴァロンは被害の大小は置いといて、戦地にはなるだろう。戦場になった時、武技も扱えないのは足でまといになり兼ねない。だけど、こんな状況の時に教えを乞うなんて無粋な真似は出来ないにきまっていた。
「クソッ!」
鯉口を切って、鞘走らせると同時に鋭い音が空を斬ると共に鼓膜を掠める。ヤクモに出来るのは、型の見直しと精神を統一するぐらいしかない。もっと洗練し、一つ一つの動きに意味を持たせなくては。
だけど今はその考えにすら不信感を抱いていた。こんな事をした所で本当に意味があるのか──
その思いがヤクモの足を街外れへと進める。街道から逸れ、膝程に伸びた草を踏み締めながら歩み続けた。
「ぐヒヒヒ」
その声は嘲笑うかのように、陰湿だった。その赤い瞳孔をした目は、馬鹿にするかのように冷たかった。声の正体は一体のゴブリン。血で錆びた剣を舌で舐め取りながら、間合いを詰める。まるっきり恐れてない様子だ。
ヤクモ自身は最強ではない。なる事もできない。そんな事は弁えている。だが【練聖】のスキルで武器を最強にする事は不可能じゃないはずだ。音速に至る一刀を振れなくとも、全てを断ち切る一刀を極めればいい。
「雨垂れ石を穿つとは、よく言ったものだな」
刀を中段に構え、間合いを詰めるゴブリンの目線に気を配る。一歩、一歩と距離が詰まるにつれて、鼻を突く悪臭。だが、気を散らしてはならない。これは戦闘であり鍛錬だ。ただ討伐をしたらいいわけではない。
「グゲェェエ!!」
飛びかかるゴブリンが持つ剣が振り下ろされるタイミングに刀を合わせ、弾いた。鉄と鉄が交わり、火花と同時に甲高い音が響く。
「さあ、来い。もっと俺に鍛錬をさせてくれ」
敢えてゴブリンを殺さず、ヤクモはその動きに着目していた。奇抜な行動。命を惜しまない特攻。そこから得られる物があるかもしれない。
剣を振るってきたときは、それを受け止め逃がす。躱す事はせずに、対処し続けた。
軽い体を生かした空中での回転斬りも、勢いをつけての縦一閃も。普段なら躱して斬りかかっていたもの全てを受け止めた。
「グゲゲゲ?」
ゴブリンが小首を傾げた頃、持っていた剣は折れ、ヤクモの刀の数字は十二となっていた。やはり、鍛錬を積むことで数字は上がっていくようだ。
「ほんじゃあ、まあありがとう」
首をはね、絶命するゴブリンを見て異変に気が付いたのはスグの事だった。いつもは群れで行動するゴブリン。だが、目の前のそれはたった一匹だった。
落ちた首ですら生気を失っても尚、笑っているようで薄気味悪い。
──足音がする。腹に来るような重たい足音が、徐々にその音を大きくしていった。やがてその音は止まり、ヤクモの体に影が落ちる。
「ぐひひひひゅひゅ」
「おいおい……こいつら、オーガを連れてきてたのかよ」
オーガは曰く、ゴブリンがゴブリンを喰らい続ける事によって進化すると言われている。そして、オーガとなったものは群れのリーダーになるだとか。
実際の所は不明だがしかし──
肌の色は緑で、顔も似てると言えば似てる。だが、凶悪な迄に鋭い牙や爪は、似て非なるものだ。おまけに、この鋼の如く硬そうな肉体は、あのゴブリンから成るとは到底想像がつかない。
──だが、鍛錬の相手には申し分ない。
呼吸を落ち着かせろ。音に気を配れ。ゴブリン達の殺意を感じろ。奴らの武器は容赦なく命を絡め取る力を持っている。
ヤクモは精神を研ぎ澄まし、今一度、刀を中段に構えた。
オーガ一体を含め、計四匹の魔獣。こいつらからダメージを受けるようではダメだ。
「…………」
「グゲゲゲ」
眼前にオーガ。左右と背後にゴブリン。オーガに向けて刀を振るえば、他三体が。それは他のやつを狙っても同じ事だ。型に収まっていただけじゃ強くなれない。
弱者には弱者なりの戦い方があるはず。
「行くぞ!!」
ヤクモはオーガに向けて駆ける。想定通り他三体は気味の悪い雄叫びを上げながら間合いを詰めた。そして、オーガもまた、右手に持った大きな大剣を振り下ろす。
「グゴォォオ!!」
加減なしの一振は、大地を抉る。だがヤクモはそれを待っていた。大剣を踏み場にした矢先、当然オーガは大剣をヤクモ諸共振り上げる。体が大地から離れた瞬間を活かしバク宙。間合いを詰める三体。背後を担っていたゴブリンの後ろに周り首を掻き切る。
「ぐげ?」
「次ぃ!!」
ゴブリン達が生んだ一瞬の隙を見逃すはずがない。ヤクモは一呼吸の内にもう一匹。二呼吸目にもう一匹を斜めに斬り落とす。
すんなりと体に入る刃は、一切ヤクモに負担をかけてはいない。背骨すら断ち切っているにもかかわらず、肉を切る程度のストレスだけだ。
臓物が体外に飛びだし、飛び散る体液は辺りを紫にかえる。その草を踏み締めてヤクモは、言った。
「残りはお前だけだ、オーガ」
「グググガァァァァア!!」
耳を劈く咆哮は大気を震わせる。緑色をしていたオーガの体は次第に赤に染まり。まるでそれは、怒りを体現しているようだった。
闘気が湯気のようにオーガの体から放出されている。
「グガァァァ!!」
力任せに振るう剣は鈍い音を立て橫一閃にヤクモを襲う。曰く、オーガの激攻は鉄をも破砕する。
──だが、ヤクモの刀は決して折れることはない。
「るぁぁあ!!」
橫一閃を凌ぎ、再び刀を構える。
「ほら、もっと来いよ。もっと俺に鍛錬させてくれ」
「グァァァアルァァア!!」
斬撃をいなし。刀で軌道を変え転じて間合いを詰める。何度も何度も繰り返した。この間、数回は確実に命を奪う事が出来たが、ヤクモはそれを行わず、ただひたすらに刀を振るう。
刀の峰に書かれた数字が十五になった頃、オーガが持つ大剣は砕け、生身だけとなっていた。
ならば、この体が武器だと言わんばりの殴打。
「……ありがとう」
ヤクモは刀を持つ力を少し強め、拳を真正面から切り裂いた。
「ヒギェエエエ!?」
鋼のように硬いと言われていた皮膚は、簡単に裂かれ夥しい血が噴き出す。気が動転したであろうオーガが声を上げた刹那、ヤクモは既に背後で刀を鞘に戻していた。
「これで少しは強くなれただろうか」
オーガが真っ二つに斬られ崩れ落ち、ヤクモの勝利が確定となった時、再び脳にあの声が届いた。
【スキル・執念を体得しました】




