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灼炎竜

「此処が山岳地帯(マファバ)か」と、岩肌を見て言ったのはヒューランを出て数時間が過ぎた頃。


 マファバを眼前に、ヤクモは自然の偉大さを肌身で感じる。連なる山々の背は高く。緑が茂り。山を降りて吹き付ける風は冷たく、そして強い。なんだろうか、この魂に語り掛けてくる何かは。


 とある登山家は言う。人生に迷ったら山に登れ、と。つまりは、そう言う事なのだろうか。いや、よく分からん。


「そうじゃ。気を引き締めて行かねばならぬぞ?」

「迷ったらひとたまりもないだろうしね」


 マファバは聞いた事あるけど、実際見た事もない場所だ。故に、リュカの言う事はしっかりと肝に免じておく必要がある。


「うぬ。わっちが居れば遭難の恐れはないが、環境が過酷になればなるほど、魔獣達もその力を増してゆく。少年が倒した【亜種】以上の【普通】の魔獣だって数多くいるしのう」

「あれより強い魔獣ッて……」

「少年が倒した亜種は、せいぜいAランクじゃ」


 魔獣にはそれぞれD~SSでランク分けされている。


 D・冒険者。または、騎士一人で難なく倒せる。

 C・冒険者。または、騎士一人で辛うじて倒せる。

 B・冒険者。または、騎士一人では不可能。

 A・冒険者。または、騎士が小隊を組み討伐可能。


 と言うふうに基準を付けてはいるが、結局これも曖昧なものだ。Dランクの魔獣も単体でDなのか、あるいは群れでDなのか。その場の状況で変わったりする。


「っても俺、Aランクの魔獣を倒したの?」

「……まあ、奴は戦い慣れては居らんかったじゃろうからの。BよりのAじゃな」


 やっぱり曖昧だ。


「でも、一人で倒せたのはすごいぞ? 武技なしで」


 二人はマファバを歩きながら会話を続けた。

 此処は嘗て、活火山地帯だったらしく地盤は硬く、大きめの砂利が目立つ。左右には山が連なり聳え、大地を割ったかのように伸びる道を進む。


「そう言えば、リュカは武技を使えないの?」

「んあ?使えるに決まっておろう。これでも、元義勇軍じゃぞ?」

「だよね。じゃ、リュカが教えてくれてもいいんじゃないの?」


 彼女は間違いなく強い。今まで出会ってきた中の誰よりも。ならば、と思って聞いてみた訳だが、予想以上に長めの溜息を吐いて、ヤクモの言葉を押し返した。


「あのなぁ……少年」

「はい……なんですかね、リュカさん」

「テイッ」と、何故か後頭部を軽くチョップされ、頭をさする。


「わっちの使う武器は短剣じゃ。せいぜい全長六十センチぐらいのな。じゃが少年の使う刀は違う。刀身だけで百二十はある。そうじゃな?」

「まあ、そんな所だと思う」

「武技の伝承は、先日取得した【鑑定スキル】のような魔法的なものではない。どちらかと言えば鍛錬によく似ておる。体に擦り込むのじゃからな。故に、似た武器を使うものでなくてはならんのよ」


 リュカ曰く──

 武技とは、重心のおき方。送り・開き・継ぎ・踏み込み・歩み足や下段・中段・上段の構え等の練度を高め、初めて取得に至るらしい。


 武技とは剣術の先にあるもの。だからこそ、似た武器を使うものから教わらなくては、その武技は未完成となるらしいのだ。


 この話を聞いて、ヤクモは興奮を覚えた。


「……少年も変わった奴じゃな。まあよい、わっちの武技を少々みせてやるかのう」

「見せるって、周りには何もないよ」


 左右は草が生えた岩山だし、この一本道にはヤクモ達以外誰もいない。


「もうそろ見えてくるじゃろ。ほれ」


 目を凝らせば、こちらに向かってくる複数の影。


「なんで分かったの?」

「簡単に言えば臭いじゃ」

「臭い?」


 この向かい風で運ばれてきた微かな臭いで敵を察知したと言うのか。まるで野生児だ。そう思って隣を見れば、獣のように口角を吊り上げて笑うリュカの姿があった。


 近づくにつれて、重たい足音が聞こえ始め影には色がつく。


「まってまって」

「なんじゃ?」

「あれは、オークだよ? ランクで言えばBはある。それに三体。一人で戦うのは」


 身の丈は二メートル以上はある猪の顔をした巨漢。蓄えた脂肪は分厚く、故に耐久力に優れている。しかも、その脂のせいで刀は直ぐに斬れ味を失ってしまう。


 なにより恐ろしいのは、その体躯に似合わない俊敏さだ。大木のような巨大な腕は岩を砕き、その大きい足は人一人、簡単に踏み潰せる。恐ろしい魔獣だ。


「じゃから! わっちを嘗めるでない、少年。とは言え、一瞬じゃ。見逃すでないぞ?」

「……ッ!?」


 ──空気が変わったのをヤクモは肌身で感じ取った。一気に空気はヒリつき、唯ならない緊張感を覚え、背中には変な汗が浮かぶ。


 短剣を抜き、中腰になったリュカは「武技・疾風牙(しっぷうが)──」と、言葉を残し踏み込み駆けた。正確には、駆けた瞬間をヤクモの目では捉えられてはいない。


 遅れてきた突風。気がついたら目の前にリュカがいない事。その結果が、ヤクモに彼女が駆けたと言う答えのみ(・・)を与えた。


 すぐ様にオークの居る場所を見て、愕然とする。


 ランクB相当──冒険者。または騎士一人での討伐が不可能だとされる魔獣。それが三体。一瞬で終わる事があっても、終わらせる事は不可能に近い筈だ。


 ──なのに。素人目から見ても分かる。三体相手に優勢は紛れもなくリュカだ。細い腕に低い背丈をした一人の少女だ。


 可視化された闘気を帯びた短剣は、両断できるはずもない太い体を肉片へと変える。


「ヴァァァアルァァア!!」

「なんじゃ?仲間を殺されて怒っておるのかの?」


 激昂(げきこう)するオークの猛攻を舞う蝶の如くヒラリと躱し、事もあろうに相手の動きを利用して、攻撃を食らわせている。


「……それに全てが的確だ」


 これがリュカの剣術。オークは一人の少女に為す術なく、紫色の血で地面を濡らす。返り血を浴びでも尚、手を休めることなく猛攻を続ける彼女の表情は、まさにケモノ(・・・)だった。



 圧巻であり、この場を圧倒する勇ましさ。リュカをみてヤクモはただだ生唾を呑み込むしか出来なかった。寧ろ、苦戦を強いたなら加勢しようと鯉口を切っていた事が恥ずかしい。


「さて、関節の神経は全て切った」

「ブフッ……グルァァ!!」


 膝をつき倒れ込むオーク。神経を断たれ、立ち上がる事も出来ないようだ。


「じゃあ、まあ……これでしまいじゃ」


 リュカは短剣をしまうと、右手を天に掲げる。その姿を見てヤクモの瞳孔はさらに開き、口はポカリと開いた。


「な……なんだ……? 嘘、だろ?」


 リュカが今行っているのは魔力を高める行為だ。風は彼女を中心に渦巻き、手のひらの先では小さく赤い光が徐々に大きさを増してゆく。


 それは、直視してしまえば目が焼ける程の眩さを持っており、離れた位置にいるヤクモにも熱波が伝わる。


「朽ちて灰燼(かいじん)と帰せ──獄炎球(インフェルノ)


 ゆっくりと振り下ろされた獄炎球(インフェルノ)は、地面に接触直後に爆音を轟かせ、天穿つ火柱となった。


「見ておったか?」


 戻ってきたリュカは、一切息もあがっていない。加えて涼し気な表情でヤクモに問い掛けて見せた。


「なんじゃなんじゃ、鳩が豆鉄砲食らったようなかおしよって」

「なんじゃって……リュカはなんで【闘気】と【魔力】その両方を使えるの? 普通ならありえない」


 堪らず声を大にして言えば、リュカはヤクモの肩をトントンと叩いて言った。


「簡単な事じゃろ。わっちが魔竜・灼炎竜(イグニート)と人のDNAが合わさった魔人(・・)じゃからじゃよ」


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