世界で一人
黄昏が闇に染る一歩手前。涼やかな風が秋の訪れを囁く中で、一人の青年は玄関の前で立つ黒ずくめの男達に頭を下げていた。
高圧的な態度を取り、頭を下げる青年を見下しながら足を踏み鳴らす彼等は借金取りだ。父が生前残した借金を今も尚、こうやって取り立てに来る。
「払えませんじゃ困るんだよなぁ!? 期日はとっくに過ぎてんだよ!!」
語気を荒らげる男性は今にも飛び掛りそうな雰囲気を漂わせる。しかし、そんな姿を見ても通りすぎる人々は青年に冷ややかな視線を送るのみだった。それもその筈だ。この家族と関わったら不幸になる。あの事件がキッカケでついた拭いきれないいわく。
加えて彼等が毎晩来る為に、刀鍛冶師としての売り上げはゼロに等しい。
しかも、以前に比べてその過激さは増すばかりだ。酷い時は貼り紙をドア一面に貼り付けたりと、徴収する為の手段を選ばないようになってきた。
地元に居ながらも孤立を余儀なくされた青年がそれでも、この工場を売り払わないのは、父が残してくれたものだからだった。
「明日まで待ってください、クザさん」
「なんで今日じゃなく明日なんだ?」
青筋を立て鬼の形相を浮かべるクザは、顔をグイと近づける。物凄い圧だし、とても怖い。堪らず息をのみ、目を逸らす。
「明日、副業の方で纏まったお金が入る予定なんです」
「副業ったら、冒険者の方か?」
「はい」
「纏まった金が入る保証はあるのか? 依頼が失敗したら? 金が予定より少なかったら?そん時の事はしっかり考えてるんだろーな?ヤクモよぉ」
「それは……」
ぐぅのねも出なかった。保証なんか冒険者には無縁の話だからだ。でも、貴族でもなければ良い育ちをした訳でもない青年・ヤクモが、刀鍛冶師以外でまともな職につけるはずもない。
何故──何故、父は自殺なんて。そんなの、罪を認めた事になるじゃないか。ヤクモはぶつけようのない悲しみと怒りを、拳を強く握り痛みとして誤魔化す。
「……まあいい。明日、午後十九時までにエミル金貨・四枚持ってこい。持ってこなかった場合は、こちらも行動に出させてもらう。いいな?」
「分かりました……」
「せいぜい励めよ」
肩を強く叩き、クザは陰湿な雰囲気で言葉を残して立ち去った。姿が見えなくなるまで立ち尽くし、やっと顔を仰ぎ星空をながめる。
ヤクモは何度も何度も何度も世界を自分を父を怨んだ。全てが上手くいかない。刀鍛冶も客がつかない。冒険者としても持ってるのは、固有ではあるが大して役に立たないもの。魔法の適正もなければ、ずば抜けた身体能力が備わってる訳でもない。
近接戦闘をするにあたって必須である武技ですら、指南をしてくれる師なんかいないし。寧ろ、頼むお金もない。
何もかもがヤクモの生き方を邪魔する。それでも、この境遇に追いやったであろう父を心の底、憎む事は出来なかった。だからこそ、この工場を守りたいと思ったし、父が自殺した真相だってちゃんと知りたいヤクモは思う。
「本当は叛逆なんか目論んでなかったんだよね?父さん」