決意
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リュカから過去の話を聞いて、それでも幾つか分からない事があった。父が嘗ての英雄でありながらも、魔人達の居場所を守る為に全てをなかった事にした。事等は理解出来る。
「なら何で叛逆者に? 何をしたの?」
「何もしておらぬ。寧ろ、国の為に尽くしておったよ。現国王・シュディルの事は知ってるじゃろ?」
「聞いた事はあるけど……」
「彼奴は今、絶大的な発言権を持ってはおらぬ。言い方を変えるならば、教皇・フィーニスの言いなりじゃ」
教皇・フィーニス。歴代で最優秀と言われている聖人。預言者・助言者としても有名だ。人のみが生きる世界を是としており、彼が率いる聖教騎士団──通称・アンゲルスは、魔獣、魔竜に対して猛烈な敵意を抱いている者が多いらしい。
しかも、通常は貴族しかなれない騎士だが。アンゲルスの場合は、民もある程度の力があればなれる。その為、魔獣達に恨みを持つ民達の応募が後絶たない事でも有名だ。
ヤクモがリュカを見つめていれば、神妙な赴きでリュカは言う。
「わっちは思う。カルマさんは自殺をしたのではない。殺されたのじゃ」
「その根拠は?」
「カルマさんが居なくなったのは何年前じゃ?」
あれは七年前。借金が発覚したのも丁度その頃だったか。
「七年前だよ」
「わっちらの孤児院が襲撃されたのも七年前じゃ」
「……え?」
「あの襲撃事件……あっ」
今までなんで忘れていたのだろうか。あの悲惨な事件を。父の死があまりにもショックすぎて周りが見えていなかった。
「そうじゃ。知っておろう?」
「思い出したよ」
「世間体では、魔獣の襲撃となっておるがのぅ」
魔獣が孤児院を襲撃。二十人居た内十九人を殺害。あまりにも凄惨な出来事だった。
「わっちらの孤児院は人里離れておったからな。助けなんか来る筈もなかった。あの時、カルマさんはザザンにおったしの」
「…………」
「今でも忘れぬよ。あの黒い騎士達を」
「黒い騎士?」
「うぬ。暗夜に乗じて周りを囲み、孤児院の子等を人質にしおった。抵抗出来るはずもなく、仲間は皆捕らわれた。そして、見せしめに目の前で子供達を……」
「わっちは副団長だったイルベのお陰で、どうにか逃げる事が出来たんじゃがな……」
握りこぶしを作った手が震えている。一人残された辛さはヤクモなりに分かるつもりだった。だけれど、彼女の孤独は、安易に入り込めるような。あるいは、同情できるようなものではなかった。
別の言い方を探すなら、それは紛れもなく生き地獄だ。投げ掛ける言葉も見当たらないヤクモは、自分の薄っぺらさを悔やみながら、話を進めた。
「それをやったのが、聖教騎士団って事? じゃあ、父さんを殺したのも」
「確実な事は分からぬ。結局、憶測の域を超えておらぬからな。七年間、手掛かりを探したが、これといって……じゃが、わっちの本能が教皇率いる騎士団だと言っておる」
「なんの為に?」
ヤクモの問い掛けると、リュカは短い息を吐いてから声を変えていった。
「……戦争じゃろうな」
腹の底にくる重々しい言葉が鼓膜と心を揺する。百年に渡り行われた過ちを再び繰り返そうとしてるなんて。言葉にできない動揺と怒りがこみ上がってくるのをヤクモは感じていた。
だからと言って、証拠もなにもないんじゃ教皇に直談判なんか出来やしない。いや──仮に出来たとしても、闇に葬られ、消されるだけだろう。だからこそ、目の前で口の端を噛み締める少女は、顔色を曇らせている。
「証拠はないんじゃ。ないんじゃが、手掛かりはある」
「手掛かり?」
リュカは短く頷く。
「お前さんが倒した魔獣がおるじゃろ?」
「ヘルハウンドの事だね。かなり苦戦したけれど」
「うぬ。あれは魔人の失敗作じゃ。わっちは奴等を亜種と呼んでおる訳だが……そもそも、そいつを狩るつもりじゃった」
「──それが何の手掛かりに?」
「魔人製造は国家機密。しかも、終戦後に研究所も資料も全て燃やし壊した。わっち等の手でな」
「つまり、現代では作れないって事? でも……」
でも、過去に作れたのなら今だって作れておかしくはない。悪を企ててる誰かがやっているのではないか。なんて事を、眉を顰め黙考するヤクモを見て、リュカは口を開く。
「よいか? 魔人の存在を知っている者は、あの戦いに携わった者しか知らぬ。今を生きていたとしても、かなりの年齢じゃろ」
一呼吸おいて。
「それに、あんな凄惨な過去を繰り返そうと暗躍する愚かな騎士が居たとして、個人で何かを出来るほど簡単なものではないのじゃ」
どうやら、ヤクモの考えは浅はかだったらしい。なるほど、と相槌を打つしか出来なかった。
「忘れておらぬか? 孤児院を襲ったのは、数人ではないんじゃよ」
そうか。数人だったなら、リュカ達が遅れをとるはずがない。守る者が居たとしても昔話を聞いた限り、倒すのは造作もないはずだ。ならやっぱり、大隊を動かせる程の権力の持ち主──
「わっちは、奴らの企てを阻止したいんじゃ。カルマさんが守った今を守りたい。例えそれが、国に対する敵対行為だったとしても」
力強くヤクモを見つめたその目には、信念が宿っているように見えた。ぶれることのない頑なな決意。確かにリュカがやっている行為は無謀なのかもしれない。
仮に本当に教皇が悪事を働いていたとして、リュカが正義を振りかざしたとして、周りの目には間違いなく正反対の印象を与えるにちがいない。一切の理解も得られず──だとしても、一人で立ち向かわなくてはならないのだ。正に茨の道。
でもヤクモの心を震わせる何かがそこには確かにあった。同情や哀れみじゃない。強い使命感をかんじていた。
「俺なんかが力になれるか分からないけれど、一緒に行くと決めたから。リュカと一緒に行けば、父さんの死の真相にも辿り着く気がするし。俺の初めての仲間になってくれないかな」
「よいのか?わっちは人じゃない。魔人じゃ。魔人と慣れ親しむって事は」
驚いた様子を浮かべるリュカを見て、ヤクモは落ち着いた声で答えた。
「リュカが魔人だったとして、見た目で人柄を決めるのは愚かだよ。少なからず、俺の目に写る君は紛れもなく優しくて、親切で、とてもいい人だよ」
リュカは若干、頬と少し尖った耳を赤らめると視線を伏せ声を落として言った。
「バカ者めが……」
「馬鹿だとしても、後悔するよかましだよ」
「……ごほん。良いのじゃな? わっちが今やっている事は、本当に国を」
「構わないよ。父さん達が作った平穏を守りたい。あんな凶暴な魔獣が跋扈し始めたら、多くの犠牲者だって」
「感謝する……」
「じゃあまずは、囚われた仲間を救いに行くって感じかな?」
「──その事なんじゃが……」
【作者から心からのお願いです】
この話にて1章が終わりました。ここから先、ヤクモ達は様々な事に巻き込まれ、悪戦苦闘しながらも立ち向かっていきます。
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