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あの日

 ──これは記憶だ。記憶であり追憶が行き着く後悔だ。

 いつだってその過去は晴れていた。吹く風は熱く、吸い込む空気は喉に渇きを与える。


 そして、燦々(さんさん)と照らす太陽が見下ろす平原で、彼はいつも笑っていた。

 全ての不安がちっぽけだと。心配するなと。いつだって彼は前をゆく。その大きな背中を見せながら。


「ま!待つのじゃ団長!!──カルマさん!!」


 手を伸ばせば届く距離に、白銀の鎧を纏ったカルマが居る。ちがう。手は伸ばしたんだ。伸ばしたけれど──


「俺が立ち止まっちまったら、仲間(みんな)が道に迷っちまう。大丈夫だよ、リュカ。これは俺が決めた選択だ」


 腕を掴み縋り付く事なんか、できるはずがなっかった。野営のテントを出たカルマの背を見ながら、リュカはその場に座り込む。


「もう……もう、何回目じゃと思っておる……何回……何回、魂を傷つけたと……それ以上、国の為に」


 転受──魂を別の肉体に転生させるスキル。これは不死(・・)なんて代物じゃない。何度も何度も、何度も何度も何度も苦痛を激痛を繰り返し、それでも尚、戦いに赴く男が使う呪い(スキル)


「どうすんだよ、リュカ。団長、行っちまったぜ?」


 崩れ落ちたリュカの背後から語りかけた大男。リュカが所属する義勇軍の副長──イルベ=シザ。


「そう、じゃな」


 涙を拭い、立ち上がる。


「後を追うしかあるまい」


 リュカ達は騎士団の連中からは忌み嫌われていた。理由は単純明快。リュカを含めた総勢三十名で構成された義勇軍・通称──メビウス。部隊は、カルマを除いた全員が、人が作り上げた兵器、魔人だからだ。


 魔人とは、魔獣・魔竜を瀕死の状態で捕え、そのDNAを人の体に移植するもの。当然、成功率なんか高いはずがない。拒絶反応を起こせば、鎮静剤も薬も意味はなさない。血は噴き出し、必ず死に至らしめる。


 数多くの囚人や奴隷。貧困街の人々が犠牲となった。


 中には金銭の為に子を売る親も。リュカは、そんな親に売り飛ばされた子供だった。大いなる代償を経て得た力は、それでも、人の力を遥かに超えるもの。苦戦を強いる魔獣や魔竜ですらも、対等に渡り合えるだけの戦力があった。


 だが、突き詰めれば魔人(かれら)の血には、脅威の血が混じっている。それだけ危険な存在。騎士団の中に、仲間だと思う者はゼロに等しい──否、ゼロだった。カルマ、ただ一人を除いて。


「わっち達には恩があるからの」


 騎士団長の座を降りてまで、カルマはリュカ達の元へ来てくれた。化け物ではなく、使い捨ての道具ではなく、人として接してくれた。生きろと言ってくれたんだ。


 彼が前をゆくからこそ、リュカ達は命を託せる。王ではなく、カルマに。


「……だな。だが、あちらさんも主力を出てきた。死ぬかもしれねぇぜ?」

「団長を守れて死ねるなら本望じゃ。もっとも、団長には怒られるかもしれぬがな」

「ははっ。だな。じゃあ、行くか」

「うぬ」


 テントの外にでれば、メビウス部隊全員が待っていた。中には傷を負ったものも。皆は絶望も恐怖も一切見せず、堂々と立っている。寧ろ、リュカの目に写る彼等はやる気に満ち満ちているように見えた。


「おう、てめぇら!その命、団長に託す覚悟はあるか!!」と、イルベが語気を荒らげる。


「何を今更。俺の命は元から、団長に捧げるって決めてるっすよ」

「はははっ。そうだぜ、副団長!!それに、あのお方は武器の使い方が乱暴だからなぁ。ほら、武器ならたんまり」


 そう言って見せたのは、箱に入った剣の数々。


「ちげぇねえや」

「「はははっ」」


 高まる士気。皆がカルマを慕い、愛していた。


「うっしゃ!皆、行くぞ」

「「おう!!」」

「換装・狼獄ろうごく


 イルベは巨大な狼へと変化を遂げる。黒い毛並みに、赤い瞳孔。彼はヘルハウンドの力を持った魔人だった。


「換装・エアリア」


 リュカもまた、背中から翼を顕現させる。イルベのように完全換装は出来ない半端者ではあったが、メビウスで唯一、魔竜のDNAを定着させた一人。



「お前達──なんで換装なんかしてんだ?」と、カルマが驚いた様子を見せたのは、一人、馬に跨るカルマの後ろに並んだ頃だった。


「なんでって、団長。俺達はメビウスだぜ?」

「昨日話したよな?メビウスは解散だって。お前達はお前達の人生を歩めって」


 人類側の敗走は色が濃かった。健闘はしたが、人の力では彼等の喉笛に剣を届かせる事が出来なかったのだ。

  皆が逃亡の算段を企てる、そんな時カルマは殿を買って出る。


「団長……貴方はわっちらの陽だまりなんじゃ。居場所なんじゃ。じゃから、わっち達は居場所を守る為に闘う。確かに義勇軍(メビウス)は解散した。じゃから……これはわっちらのワガママであり、考えた結果──答えなんじゃ」

「リュカ……」

「それに、そんな白い馬じゃ機動力にかけるだろ?ほら、前みたいに乗ってくれよ、俺の背中に」

「イーバ……」

「それに、団長だぜ?俺達にあの言葉を教えたのわ。なあ、そうだろ?お前達」と、イーバは鋭い牙を剥き出してはニヤリと笑う。


「「義を見てせざるは勇無きなり」」


 皆の姿を見て、カルマは頭をかいてから長く力強い溜息を吐いた。


「はぁーっ!!お前等、いいか?絶対に死ぬんじゃねぇぞ?あくまでも、逃げる為の時間稼ぎだ」

「分かってるって、団長」

「っしゃ!行くぞ!!」

読んでいただきありがとうございました。

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