剣聖と呼ばれた男
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全てが無くなった訳じゃない。自分自身を鼓舞し、未来を夢みる。
「でも、君は……一体何者なの?」
「そうじゃな……信用してもらう為。そして今後の為にも話しておく必要があるじゃろ。わっちのこと。わっちと師の事。──目的を」
コップに入ったコーヒーを口に含み、ゆっくり呑み込むとリュカは口を開いた。
「師は──カルマさんは、国の英雄であり、共に戦った戦友であり、わっち等の救世主じゃった」
「国の……英雄?救世主?」
ヤクモは父から何も聞かされていないかった。突拍子もない事を言われた所で、実感がわかない。
「キリア平原大戦。少年もしっておろう?」
「キリア平原大戦て……あの?」
キリア平原の大戦──
魔獣陣営・魔竜陣営。そして人類陣営で行われた、大規模な戦い。百年続いた大戦。終戦したのは六十年前。その傷跡は未だキリア残っていると、聞いた事がある。
「そうじゃ」
「……ん?いや……いやいやいやいや」
父の年齢は三十七歳だ。二十歳の時に産まれた子供だと聞いた事がある。やっぱり、同姓同名なだけで違う人なんじゃ。と言うか、目の前に居る少女・リュカは何を言っているんだろうか。
百年も前の話を、あたかも最近のように──
見た目だって同い年か、少し下ぐらいに見える。あの大戦を生き抜いた者にしては、些か──いや、だいぶ、かなり若すぎる。
「カルマさんは二つのユニークスキルを持っていたんじゃ」
「二つ?」
「一つが【剣聖】」
「剣聖?」
「うむ。類まれない闘気を帯びた一撃は、空を裂き大地を割る。間違いなく剣士の中では最強に近いじゃろうな。しかし、武器がその威力に耐えられないのが欠点じゃったが。“聖”の名を連ねるスキルは、どれもが逸脱した力を持っているといわれている」
「なるほど……」
「もう一つが、転受」
二つとも聞いたことがない。
「これは、秘術そのものじゃ。魂を他の肉体に移し替えるもの」
「まってくれ」
「なんじゃ?」
「なら、元々あった魂は?」
「……皆が、平和を願っておった。人類が生き抜くには、カルマさんの力は必要不可欠じゃった。よいか?少年」
どことなく哀れむような、悲しむような表情をヤクモに向け、リュカは続ける。
「人類で最強だったとしても、それはあくまで人類の中」だけじゃった。じゃからこそ、わっち達──魔人も造られた訳じゃが、この話はまた後じゃな」
「リュカが人によって……」
「瀕死の重傷を負う事も、いくら剣聖だったとしても多々あったのじゃ。最強であっても無敵じゃない。じゃから、カルマさんに身を空け渡す事は人の誉だった」
「つまり、父さんは何回も転受を繰り返してたって事?」
「そうじゃ」
「そんな……そんなの、犠牲になった人が──」
「あまりにも可哀想と思ったかの?」
ヤクモは短く頷いた。寧ろ幻滅をしそうな勢いだ。父はよく言っていた。「命とは一つしかない。大切にしなくてはならない。分かったか?ヤクモ。お前の剣術は、人を殺す為じゃない。人を生かす為にあるべきなんだ」と。
それが、人を殺めてしまう武器を扱う者の心構えであり覚悟だと。
「自分が生きる為に他者の未来を奪ってただなんて」
「少年……お前さんは、あのヘルハウンドの攻撃を受けてどうじゃった?」
「どうだったって……」
「痛かったじゃろ?」
「うん」
「カルマさんは、毎回その痛み──いや、それ以上の痛みを受けていたんじゃよ。それこそ、腕が弾け飛んだり、臓器が破裂したり。何回も何回も激痛に襲われ続けた。そして、また同じ苦痛を伴うと分かっていても、自ら一番危険な場所に攻め入っていた」
ヘルハウンドに噛み付かれただけでも、絶叫したくなる位の痛みだった。頭がおかしくなってしまいそうな程に。父はそれ以上の痛みを毎回。ヤクモの想像をゆうに絶する痛みであるのは間違いなかった。
「肉体は変わっても魂は変わらぬ。変わらぬということは、魂に刻まれた恐怖は蓄積される一方じゃ」
「……」
「じゃが、逃げ出さなかった。何故だか分かるか?」
「分からない」
自分だったら逃げていたに違いない。耐えらるはずがない。楽になりたいと思うのは当たり前な事だろう。
自分の浅はかな否定を責め、ヤクモはリュカから視線を伏せた。
「皆の命を背負っているからじゃ」
「……」
「義を見てせざるは勇無きなり。少年もしっておろう?」
「うん」
「カルマさんは、正に正義の権化じゃった。勇ましくあり、英傑じゃった。そして、戦いが終わり、処分される筈のわっち達を救ってくれたのもまた、カルマさんじゃった」




