守りたい場所
──だが、イーバに命令した者は一体。と言うか、ヤクモが叛逆者の息子とは。
「こりゃあ、思った以上にややこしいかもしれんの」
何者かがヤクモの存在を煙たがっている。ヤクモ=アルクル。師と同じ名を持つ青年。気の所為ならば、それに越した事はないが──
翼を翻しながら不安を吐露したリュカの表情が、焦りを色濃く宿した。ヤクモが居る場所ら辺から煙が立ち上がっているではないか。
また魔獣の襲撃の可能性も十分に有り得る。最悪な事にヤクモは今、眠り薬で夢の中。狙われたら命は確実にない。
焦る気持ちを押さえ、一気に加速──したリュカが愕然としたのは平然とした様子で。
「おかえり」と、笑顔を向けるヤクモの姿を瞳に写した頃だった。
「おかっ……いやいや、何しとるんじゃ?まだ安静に」
「いや、寝ちゃってたみたいでさ。リュカは何処かに行っちゃってたみたいだから、御礼になにか出来ないかな」
ヤクモがそう言った三十分程前──
「……ん……あれ?いつの間にか寝ちゃっていたみたいだ」
リュカの名前を呼んでみるが返答はない。どうやら近くには居ないみたいだ。当たりを見渡せば、手当した際に使った包帯の切れ端等が散乱している。ヤクモは立ち上がると黙々と掃除をし始めた。
他に何か出来る事はないか。一通りの掃除を終えて、他にやれる事が無いか探していた時だった──
「で、掃除してる時にこれを見つけた、とな?」
「そうそう!」
「それは、わっちが隠してた食料じゃ!!」
頭を抱えるリュカを見て罪悪感が芽生える。
「えっと……ごめん。ただお礼がしたくて」
「まあ、よい。どの道、お前さんと食べるつもりだったからのぅ。と言うか、お礼ッて」
「なんか変だった?」
「なぁ。少年、お前さんは少しお人好しや過ぎんか?そんなんじゃから──いや、やめておこう。んで、何を作ってくれるんじゃ?わっちは腹ペコぞ」
「今日は」
ヤクモはキノコと鹿肉の炒め物。鹿の骨で出汁をとった野菜スープに、小麦をねって団子状にし入れた物を作った。
日はすっかり落ちて、焚き火の灯りだけが二人を照らす。
「さて、と」
食事を終えたヤクモは立ち上がる。
「まだなにかあるのか?」
「いんや。ただ、俺はもう行かなきゃ」
「行くって、何処にじゃ?」
「ザザン。俺が住んでる街だよ。支払いは出来ないから、せめて謝りにいかなきゃ」
クザに謝罪をしなければ、何をされるか分からない。
「まてまて、その傷で今から帰るのか?」
「相手には俺の事情なんか関係ないしね」
「帰る手段はなんじゃ?」
「馬車……はないだろうから、歩き。で、行商人を見かけたら乗せてくれるか交渉してみる、かな?」
「バカ者め。夜は魔獣が蔓延る。冒険者ならしっておるじゃろ」
「分かってるよ。でも、行かなきゃ。お父さんが遺してくれた家が」
「……はぁ」
長いため息を吐き捨てたリュカは、ジトっとヤクモを見つめる。まあ溜息をつきたくなる気持も分からないでもない。怪我人が夜道を、しかも徒歩で。あまりにも馬鹿げてるだろう。
けれど、無茶をしてでも、体に鞭を打ってでも。あの家にはそれだけの価値があった。だからリュカがどんな駆け引きをしてきたとしても、揺るぐことは一切ない。
「分かった。了解したのじゃ」
「ありがとう」
笑顔をヤクモは浮かべる。
「リュカ、本当に助けてくれてありがとう。君がもし困った事があったなら、ザザンの商業地区にくるといいさ。そこに居る刀鍛冶師は俺だけだから。人に聞いたら、すぐ分かるはず。その時は、俺が全力で力を貸すから」
そう言い残し、リュカに背を向けた時、引き止める声が鼓膜を叩いた。
「待つのじゃ」
「……気持ちはありがたいけど。俺は」
「違うわい。わっちも一緒に行くって言ってんじゃよ」
「一緒って、いやいや。君がそこまでする義理は」
「あるかもしれないじゃろ。それに、徒歩だったら、日があけるかもしれん」
「そうだけれど……」
立ち上がったリュカが鋭い瞳孔と共に、ヤクモにゆびをさす。
「よいか?今から見る物は他言無用じゃ」
「……?わ、分かった」
するとリュカは目を瞑り沈黙する。
「換装・エアリア」
リュカの口から紡がれた刹那、突風がヤクモの髪や服を踊らせ、木々は激しく揺さぶられた。その風圧を手で遮り、風が収まったのと同時に眇めた目を開く。
「これがわっちの力じゃ」
ヤクモは、リュカの姿を見て興奮を覚えた。
「つば、さ?」
鳥や、それこそ、天使を彷彿させるものではない。もっとこう、威厳がある。あるいは猛々しいだとか──そう、その硬い鱗で覆われた紅い翼は、さながら竜のような勇ましさを有していた。
「そうじゃ。わっちは人間ではない」
「…………」
「殺すか?わっちを」
ヤクモは首を横に振るう。
「いいや、君はいい人だ。それに」
「それに?」
「かっこいい!!凄くかっこいい!ずるい!」
「バカ者め。そこは、可愛いとか綺麗が定番じゃろ。わっちは、これでも女子ぞ」
「ごめんごめん」
「冗談はさておき──」
ヤクモの両脇から腕を通され、見事に関節をロックされる。と言うか、力が強すぎる事に驚きを禁じ得ない。まったく振り解けないし、ビクともしないし。
「一気にいくぞ!!」
「エッ!?ちょっ!?」
一気に飛翔。風圧で顔は酷い事になってるし、まさに開いた口が塞がらない。と思えば、上空で急制動。胃袋が口から飛び出そうな感覚が、とてもかなり果てしなくはんぱなく気持ち悪い最悪だ。
「最速じゃ!」
かと思えば、体を水平に。この時、ヤクモの生存本能は警鐘をならす。
「ゆくぞ!!」
何を意気揚々と。声を踊らせて仰っているのか理解が出来ない。ヤクモは辛うじて動く首を動かし、顔を上げてリュカを見る。
「待っ──ばっばっべ!!ボベベベブベバババババ!!」
昨日、三話投稿したけどブクマが1人も増えなかったなあ。中々難しいです。とは言え、俺には描き続ける事しかできないから、頑張ります。




