不穏
本日3話目投稿。
「どぅあ!?」
「なんじゃ、ほれ」と、少女がほくそ笑む少し手前、イーバは自問自答していた。確かに手加減をした──かもしれない。自分都合の答えを出し、無理やりに納得させる。
「いいんだな?」
剣を握り直し、少女相手に殺意を向ける。
「さっきからそう言ってるであろう」
そもそもヤクモが生きている事が納得できない。空いてはあのヘルハウンドだった。しかも八体は居たはずだ。刀鍛冶師であり、魔法も武技も使えない雑魚が生き残れるはずがない。
純粋な剣術のみで生還なんてありえない。あってはならない。
「うるぁぁぁぁぁあ!!」
イーバは気を高め、片手に集める。前衛職の常套手段であり、攻撃特化ならではの本気。
しかもこっちは一人じゃない。命を託し合える仲間がいるのだ。
「ミーナ!いつものやつを頼む!!」
ミーナが杖を天に掲げると、先端部分に取り付けられた赤い魔石が眩く発光する。
「はいよー!!攻撃力向上魔法!!素早さ向上魔法!!」
ミーナの付与魔法は基礎能力を一・五倍にまであげる。慢心し、魔法師であるミーナを野放しにしていたのが運の尽き。勝利を確信したイーバからは、余裕の笑が零れる。
だが、これで油断しないのが真の冒険者だ。何せ、イーバはギルド・レギオンのリーダー。
「ヤクモの居場所聞くのは、お前の腕を切り落としてからだ」
「ふむ」
耳をほじり、なんて舐め腐ったチビなのだろうか。その泣きっ面を見るのが楽しみで仕方がない。イーバは中腰に屈むと可視化された闘気を帯びた剣の切っ先を少女に向ける。
「──吹き飛べ。武技・臥突衝」
鍛錬された冒険者や騎士ではないと見切れない技であり、ジーバがなせる最速の突き。音速の一歩手前に至るそれは、鋭い音と共に空を切り、少女の右肩を穿──
「だから、本気を出せといっておるじゃろ」
「……へ?」
何が起きた。何を今見せられている。理解が追いつかない。事もあろうに、少女は先程と何も変わらない動作でイーバが穿った剣。その切っ先を指先で挟み御していた。
「ちょっと、どうなってるのよ!?私の魔法は基礎能力を向上させるのよ!?」
「アホなのか?お前達は。簡単な事じゃろ」
「簡……単?」
少女は剣を離し指をさす。
「コイツの基礎能力が低いだけじゃろうて。低いやつの基礎を上げたところで……まあ、そうじゃなあ超攻撃力向上魔法とかなら多少は違ったかもしれないがの」
「馬鹿じゃないの!?この街で、そんな高等魔法使える奴なんかいないわよ!!」
そうだ。魔法とは四段階に分けられている。下位・上位・覇級・聖帝級。攻撃力向上魔法ですら、上位にはいる魔法。
超攻撃力向上魔法にもなれば、覇級は間違いない。
「ふむ。これが高等魔法とは……わっちが知ってるギルドとは違くて、随分と生温いんじゃなあ」
物凄い圧が少女の内から溢れ出す。息をするのすら忘れてしまいそうな覇気は、イーバの脳裏に逃走の二文字を浮かび上がらせた。
「嘘……でしょ?魔石もなしに……ヤバいわよ、イーバ!この魔法師只者じゃないわ!!」
ミーナの叫びが脳に届く。分かってる。言われなくても、目の前にただ立つ少女が、いかに危険か。間違いなくこいつは人の皮を被った化け物だ。
服を踊らせながら少女は言う。
「何か勘違いしておらぬか?わっちは魔法師なんかじゃない。ただの剣士じゃ」
「けっ……!?」
聞いたことがない。人は必ずどちらかに分かれる筈だ。魔力も闘気も使いこなすなんて規格外すぎる。
奥歯がカチカチなり、四肢は震える。ジーバは初めて死を身近に感じていた。そして垣間見る。少女の涼やかな表情の奥に潜む義憤の焔を。
「──だが、まああれじゃな。言い残した事はあるかの?」
「ま、まってくれ!!全部認める!金も道具も全部渡す!!だから、命は助けてくれ」
惨めでもいい。勝てない。少女との力の差は歴然。策を講じたとしても、絶対に意味をなさない。きっと彼女の一振は、様々な希望を灰燼に帰すだけの力を備えている。ならば、これ以上、気を逆撫でするのは上手くない。
「……聞けぬな」
少女は短剣を鞘から滑らせ抜く。
「ま、まってくれ!!俺達も言われて仕方なくやってた事なんだよ!!」
半べそをかき、鼻水を垂らし、動転する気をそのままに、イーバは助かる為の引き出しを片っ端からあけていく。
「ほ、本当だ!本当なんだ!叛逆者のガキを殺してくれって!!」
イーバは、依頼遂行中に出会した一人の男性を思い出す。
「初めは断ったんだ!!だ、だけど名誉も思うままだって、唆されて……。な、わかるだろ!?冒険者なら、自分達の名前を馳せさせたいってことぐらい!!」
「なんてクソガキなんじゃ。お前らには、あの世すら生温い。苦しみ悶え、おのが犯した罪を悔いるんじゃな」
「ま、まってくれ!!」
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
他に何かないか。生き抜くための材料が。振り上げた剣を鞘にしまわせるだけの材料が。
「じゃあのっ」
短剣は、その強力な闘気を帯び、さながら長刀の形をなした。可視化だけではない。これは間違いなく、闘気自体が一つの武器。
振り下ろされ、剣圧が迫り来る中、閃光が視界を走る。
「あがっ……」
「いだい……いだいよ……」
痛みに意識をたぐられ、周りを見ればイーバの片足と片腕が地面に転がっていた。ミーナも両手首が切り飛ばされ、それでも無事だったのは──血だらけで、それでも立つダイルのお陰だった。
「ダイル……お前」
「命を賭して仲間を守るか。お前ら」
「は、はい」
「こやつの命に免じて、それ以上は責めぬ。こりたら、人を陥れる事は辞めるんじゃ」
「わ、わかりました」
少女は短剣を鞘に滑らせると、イーバ達の前から姿を消した。
「助かっ……た」
手や足は医者に持ってけば繋がるだろう。に、しても──
「ダイル……お前ってやつは」
感謝しかない。ダイルの為にも長生きして、真っ当に有名ギルドを目指そう。そう思ってる矢先、眼前で息を吐き捨てる音がした。
「ふう」
「ダ、ダイル!お前、生きてたのか!?」
「ええ、ああでもしないと生き延びれる気がしなかったのでね」
つまり、死んだフリをしていたって事か。
「筋肉で無理やり心臓を止めるなんて、金輪際ごめんですよ。流石の私も今の状態では勝てないですからね」
「今……?ん?ダイル、お前何を言って?」
「あ、言い忘れてました。貴方達は、どの道此処で死にますよ」
「……は?笑えない冗談はやめろよ」
「そ、そうよ。しかも変な喋り方まで。頭でも打ったのかしら?」
ミーナはそう言ったが、見下ろすダイルを見て血の気が一気に引く。こいつは知ってるダイルじゃない。その目は陰湿で、漂わせる雰囲気も硬派とは掛け離れたものだ。
「お前は一体だ──がっ……ッ!ば、ばなぜ!」
こめかみを掴まれ、イーバは無理やりに持ち上げられる。握力で圧迫され、痛みが全身を這う。ミシミシと軋む骨の音が埋め尽くす中、ダイルは言った。
「誰だって構わないじゃないですか。死にゆくものに投げる言葉なんてありませんよ。ああ、ただ一言だけ。貴方は喋りすぎた。それが死ぬ原因です」
「やべ……ろ……」
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