『魔王』
以前投稿した『勇者』という作品と同じ世界線の話ではありますが、読まなくても理解できるとは思います。理解できなかったら『勇者』も読んでください
魔王、文字通り『魔』の『王』。
なぜそう呼ばれるかは分からない、魔物は従わないし魔族は王など必要ないとか言って襲ってきた。
なのに何故『魔王』と呼ばれなければいけないのだろうか。
確かに私は生まれつき高い能力を持っていた。
初めて魔法を使った時は魔力が高すぎたせいで魔法を制御しきれずに山を一つ消しとばしたし、魔力で身体強化したら世界で一番硬い鉱石を握り潰せてしまった。
でもそれだけ、魔力がなければ角も尻尾もない普通の女の子のはずなのに。
「なんで私が魔王なんて呼ばれなきゃいけないんだろうね」
「シルカァァァァ!!シネェェェェ!!」
独り言のように呟いたその声に、元勇者の化け物が反応した。
この化け物は、自分が守ろうとしたくらすめいと?とやらに裏切られて絶望し、土地の生命力を吸い取って化け物になったやつだ。
その後勇者たちを従えていた王国の騎士団長に首を切られたようだが、体が逃げて首が回復するまで隠れていたらしい。
その王国はこいつが生きていることを知らないので始末しようとしてこないのだが、こいつは自分がこんな姿になっても王国から殺されないから、なんて理由で自分はこんな姿でも王国のために魔王と戦う勇者なんだ!と勘違いしてしまってるらしい。
頭を切られて殺されたせいで前後の記憶がないのをいいことに、思わず笑い出しそうになるくらい素晴らしい勘違いをしているのだ。
そもそも勇者が生まれる理由はその国が危機に陥ることが条件だ、魔王が出現することじゃない、そこのバカが履き違えてるだけだ。
この勇者がいた王国はこの世界で一番大きい王国ではあるけども、かなり敵が多かった。
なんでも『剣聖』がいた時代に調子にのって他の国にちょっかいをかけまくって領地を掠め取っていったらしい、そりゃあ恨みを買うに決まってる。
そんな侵略戦争をしてばかりの王国に愛想を尽かした剣聖が隠れて力をつけていた属国の一つに協力して、王国を裏切ったのを機に植民地全てが一斉に蜂起したらしい。
いやもうね、うん自業自得!としかならん。
それなのに世界は世界で一番大きい国が危機に陥ってしまっているということから世界の危機だと勘違いをして、普通は一人しか呼ばない勇者を優秀な付き人を添えてこの世界に召喚した、それがあのくらすめいととやらだ。
うん、世界が馬鹿だったらもうどうしようもないわ。
で、肝心の勇者様は
「人と戦うなんてとんでもない!自分は魔王を倒すために召喚されたんだ!」
なんていう勘違いをして人と戦おうとしないもんだから、王国にも疎まれて始末されかけた。
それで死にかけて怪物になった後もその使命感(笑)を胸に今に至ると。
いやーとんだ話だ。
ていうか戦ってるの飽きてきたしもういっか、殺しちゃって。
「ブラームン」
「ギャアアアアアアアアアア!?!?!?ヒ!?!?ヒガアアアアアアアア!?!?」
私がそう唱えると勇者(笑)の体に巨大な火がついた。
普通の『ブラームン』は生活に使える程度火力しか出ないんだけど...私の魔力量なら人1人燃やすぐらいは容易い。
まあ普段なら加減して他の人と同じように日常生活で使えるようにするんだけど、戦闘だと加減する必要ないしね。
あー...最初は魔力の制御がそんなに得意じゃなかったから『ブラームン』で家を燃やしかけたっけ。
まあいいや、いつまでもこんなこと考えていても仕方ない。
自称勇者くんも死んだだろーしご飯でも食べますか。
なに作ろっかなー?
うーん、お魚は昨日食べたし...
そうだ!勇者君を焼いたことだし今夜は焼肉にしよう。
そうと決まれば材料調達しないとね。
◇
お城に戻った私は普通の町娘に見えるような格好に着替えて近くの町まで来ていた。
この町での買い物が最近の唯一の楽しみと言っても過言ではない。
「おじさーん!豚肉ちょうだい!」
「お、嬢ちゃんか、豚肉か、どんぐらいいるんだ?」
「うーん...このハーブの量でどれぐらい交換できる?」
この世界では物物交換が主流だ。以前はお金も使われていたそうだけど、錬金術師が偽通貨を大量に製造したことから通貨制度そのものを廃止したらしい。
「そうだなぁ...その量だと400グラムってところだが...お嬢ちゃんにはいつもお世話になってるし、500グラムだな!」
「え!?いいの!?ありがとう!!!」
「いいってことよ、また来てくれよな!」
いつも利用させていただいてるからおまけをもらってしまった...!これなら2日分ぐらいにはなりそう。
後はどうしようかなぁ...せっかくだし服でも見ようかな。
◇
「ありがとうございましたー!」
やってしまった...普段はもう少し自制するのに...買いすぎてしまった...
これは店員さんがおだてるのがうまかったのが悪い、うん、私は悪くない!
買いたいものもだいたい買ったし、そろそろ帰ろうかな。
それにしてもさっきから私のことをずっと見てる人はなにがしたいのだろうか。
おおかたストーカーだろうけど、もしかしたら私に用事があるけど話しかけれない内気な人かもしれない。
細かい出会いは見逃さないようにしないとね、もし私のことを知らない人なら付き合ってみるのもいいかも。
普段だったら街を出たらそのまま転移魔法で城に帰るところだけど、今日は後をつけてきてる人のために徒歩で帰ることにした。
かなり内気な人なのか街を出てしばらくしても話しかけてこなかった。
そろそろ自分から話にいくべきかと悩み始めて、城の前の草原までついた時にようやく話しかけてくれた。
「失礼お嬢さん、少し話さないかい?」
「ええもちろん!やっと話しかけてくれたのね」
初めて正面から顔を見てみると、思ったよりも精悍な顔立ちをしていた。
うん、一次試験は合格、二次試験の性格の方はどうかな?
「それで?私になにか用かしら?」
「用というほどでもないんだがね、君が魔王というのは本当かい?」
あらら、どうしよう。
性格どうこうの前にもっと大事な問題がでてきたよ...
「私が魔王だったらどうするの?」
「その反応は肯定という意味でとっていいのかな?いやなに、少し勧誘しようと思ってね」
「勧誘?」
私が魔王だとわかった上での勧誘...どんなことを頼んでくるんだろうか、まあなんとなくは想像ついてるけど。
「私と一緒に、世界を取らないか?」
「世界?」
なんだこの怪しすぎる勧誘は、君なら世界を取れる!とでも言いたいのかな?
「そうだ、世界だ」
ーーー考えた事はないか?この世界を手にしてみたいと。
この世はなにをするにも制約が多い、物を買おうとすると何かと交換しなければならない、物を壊したら弁償しなければならない、軽く戦っただけで各国から疎まれる。
こんな不自由な世界を、変えてみたいと思った事はないか?
なにをしてもいい、働きたいなら働けばいいし休みたいなら休めばいい、人を殺したければ殺せばいいし物を奪いたければ奪えばいい。
そんな自由な世界で、生きてみたくはないか?
「いやどうでもいいわね」
「なんだと!?」
いやそんなに驚かれるようなこと言ったかな?
「別に今の状態で世界がうまく動いてるならそれでいいんじゃないの?」
「自分が生きづらくてもか!?」
いや、自分がどうこうとか言ってたらうまくいかなくなっちゃうじゃん。
「まあそれは自分がそういう風に生まれたのが悪いってことで」
「...なぜお前はそうも簡単に諦めれるのだ!」
なぜ、か。
「もう慣れっこだから、かな」
「慣れっこ...?」
「昔から、自分がこの世界には合わない人間なんだなってのは、なんとなくわかってたよ」
でも
「あなたがそうやって足掻き続けてるのは、素直に尊敬するよ、私にはできないことだし」
「...まだ、間に合うんじゃないか?」
「ほ?」
思わず呆けた声が漏れてしまった。
「まだ、足掻けるんじゃないかってことだ、お前も」
ほうほうほう、ほ?
「いやだから私言ったよね、別に世界取ろうとか思ってないんだって」
「なら、俺がそういう気にさせてやるよ!!」
!!なんだこの激アツ胸キュンなセリフは。顔よし性格よし、二次試験合格!
とはいえどうしうようか...とりあえず一緒に旅とかする過程で恋愛感情を育んでいった方がいいのかな?
「そ、そこまで言われたなら...世界、取っちゃおっか」
「よし!!!これからよろしくな、魔王」
なんで私はさりげなく魔王呼びをされてるんだ、確かに魔王以外の呼び方はないんだけども。
「それで?結局私はなにをすればいいの?」
「まずやるべき事はあの王国をぶっ潰すことだな」
「それはなんで?」
「あの王国には最近勇者が召喚されたらしい、その勇者は死んだみたいだが勇者の付き人もなかなか強いらしくてな、国を潰すついでにそいつらをどうにか仲間に引き込めないかと思ってな」
思ったよりもちゃんと考えていてびっくりした、どうやら本気で世界を取ろうと思っているらしい。
「まあ方針はわかったわ、ところであなたの名前はなんていうの?」
「ん?そうだな...魔王にちなんで賢者とでも呼んでくれ」
どう考えても今考えたでしょ...本名が知られたくない理由でもあるのだろうか。
というか何よりも。
「賢者って魔王の敵じゃなかったっけ?」
「魔王に味方する賢者がいてもいいだろう?世界を取るのにいちいち常識とか気にするなよ」
...まあ一理あるね。
「それじゃ改めてよろしく、賢者」
「よろしく魔王、俺は戦闘がほぼできないから戦闘はお前頼りだ、頼んだぞ」
...なんでこの人自分が戦えないのに世界取ろうなんて思ったんだ。
この人をパートナーとするには少し早かったかもしれない。
いつか続きを書きます