第1話
セックスがどんなものかわからないが、僕は眉近先生とセックスしなければならない。
黒縁メガネの向こう側の澄んだ瞳と最近始まった声変わりで放たれる所信表明を、心の底から気持ち悪いと思った。
終業のホームルームも終わり、誰もいなくなった中等部2年B組の教室には俺と春山太一郎だけだった。
俺はこの2年間一言も会話したことがなかった春山と進める文化祭用展示準備が気まずいだけだった。
なにか話題のひとつでもないかと考え、今日クラスの多田が『ふたりセックス42巻』を若葉先生にとりあげられたんだと笑った。
春山は模造紙に鎌倉時代の歴史を下書き通りになぞっていた黒マジックを止め、俺の目を見た。
一瞬、この程度の下ネタでも引かれたかと思ったが違った。しかし興味とも違った。ぐっとなにかを思案するように宙を見ると、グニグニと腰を揺らし、また俺に向き合って言った。
「セックスがどんなものかわからないが、僕は眉近先生とセックスしなければならない。」
いや知らねえし。
こいつ脈絡という言葉を知っているのか。
だが俺が話を振った手前、このコミュニケーションを無視するのは気が引けた。とりあえず春山の失言という流れにしたかったので煽ってみた。
「眉近って英語の?! なんだよ春山、眉近のこと好きなのかよ(wwwwwwwww)」
「ああ。 好きというものがわからないからなんとも言えないが、つまりそういうことだと思う」
こいつ爆弾でも作ってるのか。冷静すぎるだろ。
サイコパス。最近アニメで覚えたそんな言葉を当てはめたくなった。春山サイコパス。
俺のテンションを1ミリも受け取らない春山の声に会話継続のスイッチを切られた。教室の中にさらさらと黒マジックが模造紙を滑る音が響く。
「坂田君はセックスしたことある?」
握っていたマジックを吹っ飛ばしてしまった。
「はあ!?」
「いや、あったらどんなものか教えてほしくて」
「あ!? いや! それは…教えられるもんじゃねーし、教えられてどうなるもんじゃねーだろ!」
「じゃあ坂田君はもうセックスしたことがあるんだね」
「え、いや、ま、まぁな………絶対黙っとけよ!」
「もちろんだよ」
俺が吹っ飛ばしたマジックを拾って春山は微笑んだ。
こいつ、ほんとにヤベー奴なんじゃ…。
「坂田君、僕が眉近先生とセックスできるように協力してくれないかな」
「はぁ!?」
渡されるはずだったマジックをまた床に落としてしまった。
春山は足元に転がってきたマジックを拾う素振りも見せず、話を続けた。
「実はね、僕、時間を戻せるんだ」
ん?
「だいたい1年前くらいに気づいたんだけど、この力を使っても眉近先生と全然いっせんをこえないんだ」
ん?ん?
「だから、もう一人情報を共有してちゅうちょうき的なスパンでこの作戦をすいこうしたほうがいいと思っていて」
はぁ。
「坂田君、真面目だし、セックスしたことあるみたいだし、良いアドバイスしてよ!」
は…。
「春山…。申し訳ないけど、俺アニメは詳しくねえし、ごっこ遊びとか恥ずかしくてできんわ。もうあとちょっとでこれ終わるからさ、さっさとやって帰ろう。な。」
床に転がったマジックを拾うため中腰になったとき、春山がその上半身に覆いかぶさってきた。
「は!? ちょっと、なに―――」
〇
確かに転びそうになった。春山に後ろから抱きしめられてその反動でよろめいて倒れそうになった。はずだったが。
俺は席に座り、マジックを握り、模造紙に書かれた下書きをなぞっている。
恐る恐る顔をあげると春山が同じ作業をしている。
「は………!?」
「信じてないようだったから時間を戻したんだよ。誰かを引き連れて時間を戻すには、抱きしめる必要があるから」
春山はイタズラっぽく笑った。
「も、戻したって、なに言って………」
ふと模造紙に目をやると、終わりかけていた作業がほぼ最初からになっている。
思わず勢いよく立ち上がり椅子を転がしてしまった。しかし春山は静かにほほ笑み、変声期独特の声で俺に言った。
「坂田君、よろしくお願いいたします。」
同時に差し出された手を、開いた口が塞がらないまま俺は無意識に取っていた。
続く。
読んで頂き、ありがとうございました。
文章や構成は思い付きでふらふらと書いていきますが、テーマは書きたいものなので想っていることを全部入れられるように書いていきます。




