31・そして、日本の原風景が改変されていく
上海事変に投入されたチハたんモドキ。
その外観は史実の九七式中戦車に近いのだが、南部さんに言わせると、出来損ないのT34だという。
T34ってソ連戦車じゃないか。
と思ったのだが、傾斜装甲を採用している。
確かに、八九式には傾斜装甲が採用されている。
そして、前後共に歯車型上部転輪なのだが、駆動しているのは後ろだそうだ。
これも、T34はそうだが、日本は戦後、74式以降にようやく採用したモノだという。
そんな車体に、チハっぽい砲塔が乗った戦車なんだと。
しかも、エンジンが水平対向なのでエンジンルームが低く、中島さんが指導し、設計された変速機は時代を先取り過ぎていて製造が難しいらしい。
その上、水平対向エンジンはシュナイダートロフィー機同様のツインカムヘッドなので、これまた製造が難しい上に、横幅が有るので車体までそれにつられて大型化、時代に合わない幅2.5メートルに達している。
「その恩恵で車内に余裕があるので5人乗りですよ」
という。
この時代の戦車は車長が指揮に専念できる環境になく、その様にも作られていないし、その様な思想も確立されていないそうだが、乃木さんがアレコ動いてその様にしたらしい。
そんな時代不相応な戦車だが、すでに更なる時代不相応を搭載予定らしい。
「狙撃砲では威力が低いらしいので、より大口径で初速を求めて47mm砲をうちで試作してますよ。チハ改の主砲ですよ。史実より10年も先取りなんてどうなってるんでしょうね」
そんな呆れた南部さんを見るとは珍しい。
ただ、乃木さんに言わせると、ソ連もBT5戦車に45mm砲を搭載して来るので必要な事だという。
なんにせよ、そう言う事らしい。
ちなみに、中島さんに話を聞いてみたところ、単に航空機用エンジンを戦車用にリファインして、戦車技師の原さんが試行錯誤していた変速機にレース用で使う技術を応用してみたんだとか。
「戦車って、エンジンとミッションがワンセットになっていて、クレーンで脱着できるのは知っていたので、その構造を私なりに考えたんですよ。え?アレって40年先の技術だったんですか?」
どうやら、中島さんにとっては戦車と言えばああいう一体型構造が当然と思っていたらしい。南部さんから日本で採用されたのは74式戦車からだと聞いていたので、それを伝えるとビックリしている。
そんな先入観や早とちりってよくある事だ。
俺にもある。
実は、耕運機が販売を始め、運搬車として活用が始まった頃、非常に事故が多かった。
そう言えばと思って円形交差点を提案したんだ。
英国では信号を使わない円形交差点が昔から普及していたみたいな話を聞いたことがあり、それを乃木さんや中島さんに話したことがある。
「殿下、たしかに英国に円形交差点はありますが、元々は進入優先の事故が多いルールだったんですが、1970年頃に現在の環道優先にすれば安全性が上がるという考察が行われたんです」
と、中島さんに説明された。
じゃあ、それを採用すれば信号が少なくても良くなると、更にプッシュした。
中島さんが妖しく嗤ってそれに賛同してくれた。
どうやら、相対速度の把握や行動予測、発進タイミングの判断など、採用によって生じる運転技術上のメリットもあるだろうという事だった。
「そうですね、ぜひ大量に導入して、運転技術向上を図っていきましょう」
その中島さんを見てちょっと後悔したのは今では良い思い出だ。
そんな訳で、運転講習を行う全国各地の教習所には円形交差点が作られることになり、農地整備に伴う道路の拡幅時には積極的に導入されている。
今のところ、そんな道を良く通るのは耕運機に荷台を連結した運搬車ではあるが。
だが、コイツは結構侮れないんだ。
自動車ほどの排気量も馬力も無いが、そもそも速度を出す訳ではなく、ロータリーや犂による耕作や牽引を主としているので、けん引力がある。
その為、トラックを買えない地方の農産会社にとっては、多数の耕運機に荷車を牽引させることでトラックの代替となっているんだが、小型で低速なので、運転講習を受けた者をすぐ乗せて慣れさせれば、数日で運転が可能になる。
トラックよりも小型なので整備の進んでいない道や山道でもそこそこ走れる。
結果、街を離れるとそこら中で走っている訳だ。
それがまた道路整備の必要性を促し、道路整備まで進んでいく。
そんな効果を持っていたりもする。
ちなみに、まだまだ日本で走る自動車のシェアはフォードが多いらしい。二宮の自動車も発売はされているんだが、時代を先取りしすぎている。
免許のいらない排気量で4人乗れて、それなりに走る車。
という事で、排気量に余裕を持たせた水平対向2気筒とバイクをモデルに一体型変速機としていたのだが、やはり、そうした構造のために高価で、まだまだ一般に普及するほどではなかった。
かといって、タクシーや富裕層向けとしては小さすぎたため、販売不振状態だった。
メインはフォーミュラに搭載された水平対向空冷4気筒エンジンを採用したタクシーや富裕層向けだった。
こちらはシュナイダートロフィーの優勝で売り上げが伸びているという。
まだまだ庶民向けの車というのが走っておらず、耕運機が農村を走り回る異質な世界が出現している。
その農村風景だが、近郊農業をやっている企業や法人が野菜の運搬に利用しているので耕運機は街中にも進出しているので、時折、農産物ではなく、人を載せて現れることもある。
今のところ、庶民の車と言えば異常に早くに販売が開始され、国の補助や農業改革で制度が変わって爆発的な普及が進む耕運機だろうな。独特な単気筒音を響かせてトコトコ走る姿は日本の現状を表しているのかもしれない。