3・そして、重大な問題に立ち向かう
それからしばらくは何事もなく皇族というおどろきの生活をしていたのだが、権兵衛さんを呼んだ。
どうやら伊藤さんも一緒に来たようだ。
「日英同盟も成って、とうとう戦争ですが、史実とは違う事をやってもらいたいのですが」
そう言うと、すでに何か考えているらしい。
「殿下、旅順放置はなしですぞ?」
こちらが言う前にそう断言されてしまう。
「え?なしですか」
旅順なんか放っておいて北上した方が良い的な話を聞いた気がしたので言おうとしていたのだが。
「確かに、その様な案は現実にもありました。第三軍を満州へ展開させた方が有利になるという話をする者もいたでしょうな」
権兵衛さんはちょっと呆れたようにそう言う。
「歴史の分岐点ですよ。旅順が残ればバルチック艦隊はどこへ向かいますかな?」
そう聞かれた。
バルチック艦隊は日本海で殲滅されたと記憶しているが、そうか、旅順へ向かう奴が出て来るのか。
「ザックリ言ってそうなりますな。だから、残しておけんのです。それにです」
そう言って、日本がどこでバルチック艦隊を攻撃できるかと聞かれたので、最も遠くて台湾沖と答えた。
「ええ、標準的な日本人の答えですな。しかし、ロシア側はそうは思っておりませなんだ。バルト海を抜ける段階から襲撃を警戒していたんですな」
と、驚くような話をする。
しかも、ドーバー海峡では漁船団を日本海軍と間違って発砲するドッガーバンク事件なるものまで引き起こし、これがバルチック艦隊苦難の道のりを決定づけたのだという。
なかなかに知らないことばかりだ。
「日本では、日本海海戦の勝利以後、漸減戦略なるものを策定して米国に対抗しますが、大間違いでしたな」
と、なんだか講義を始めた。
漸減作戦自体は、太平洋を渡って来襲する米艦隊を太平洋の島々から発した飛行機や潜水艦で迎撃して実態と精神両面で損耗を強いて、まさにバルチック艦隊を迎撃したように、準備万端な連合艦隊で迎え撃つというモノだったという。
「現実に戦争になったその時、マリアナ沖海戦と言う。まさに海軍が夢にまで見た展開になるのですが、その時には長年練成してきた空母部隊はボロボロで再編された新人がナントカ使えるという段階で、米側の漸減戦略に引っかかって見事に疲弊している状態でしたな」
と、続けた。
それって、たしか1944年の話だから、開戦から3年も経ってる。米側も疲弊していたように思うが。
「米側は疲弊などしておりませんぞ?日本が旧式戦艦を真珠湾で沈めた事で、新型戦艦を揃える口実を得、空母ともどもドンドン作りましたからな」
なるほど、戦争経済と言う奴で、見事、戦前の不況を吹き飛ばしたらしい。
「しかも、ドイツ海軍がアレであった事もあり、海軍は日本を相手にしていれば良かったので、対独戦線はハンターキラーや上陸戦という訓練場にもなっておりましたな」
まあ、たいして日本はと言えば、工業力も低くて沈められた分の艦船の補充もままならず、乗員も損耗する一方。
なるほど、米側の漸減作戦とは言い得て妙だ。
「ああ、もちろん、ドッガーバンクへ軍艦を送ろうという話ではありませんぞ。日本人は視野が狭いというだけですので」
と言ってくる。
そして、南部さんからもこの頃聞かされているのだが、工業力の強化に忙しいとの事。
史実よりも工業力を高めているという。
「工業力を上げて日本の国力を付けるとなると、ドブにカネを棄てる半島事業は無駄ですからな。もしやるとしても、一定の水準に達する第一次大戦後。出来れば北部の鉱山開発程度に抑えたいものです」
と、伊藤さんも言う。
そういえば、満州には油田もあったっけ。
「満州の油田は時期を見ないといけませんな。あまり早く取り掛かっても英仏に食われるだけになります。かと言って、あまり遅くに行うとソ連の侵攻を招くことになるでしょうな」
と、様々な障害があり、タイミングが難しいらしい。
「そこで、樺太を手に入れる策に出ようと思うのですよ」
と言い出した。
旅順を攻めないなどと言う小さな話ではないらしい。
「基礎的な工業力の向上に注力していますので、擲弾筒や迫撃砲は量産でき、弾薬も何とかなるでしょう。現在注力しているのは、揚陸艦と舟艇ですな。神州丸をこの時代に作ります」
何それ?
「おや、日本のハイテク兵器をご存じない?」
どうやら、神州丸とは日本が、と言うか本来陸軍が作る上げた世界初の強襲揚陸艦であるらしい。
それを旅順攻略に使うのかと思ったが、違うらしい。
「ドイツが第一次大戦で東部戦線からロシアに知られずに戦力を引き抜き、西部に展開した事例がありましてな。コレを用いて奉天正面から引き抜いた軍をウラジオや樺太、そしてカムチャッカに展開しようと思います」
何とも史実からかけ離れたとんでもない話だった。
そんな事が本当に可能なのかと唖然とするのだが、樺太全島を得て油田を手にするにはそのくらいのことをやる必要があるらしい。
「だからこそ、講和交渉にはワシが行くのですよ」
と、伊藤さんが黒い笑いを見せている。
史実とはまるで違う日露戦争が始まろうとしていた。
あれ?権兵衛さん海軍なのに、陸軍とも話しついてんのかな?