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第4話 旅立ちの日

旅立ちの当日にて




ノーラに村の外で待機するように頼み、クロードはある場所に向かった。

彼にはただ一つ、シャーフ村でやり残したことがあった。

けじめをつけないと、前には進めない。

いつも何の気なしに開いていた木製の扉が、鉄で作られた扉のように重かった。

意を決して中に進むと、周囲の視線が、一斉に彼に向けられる。

鋭い瞳に見つめられ、背中に虫が這い回るような汗が伝う。


(ちくしょう、怖い、逃げ出したい……)


胸は謝罪を拒むかの如く、激しく鼓動を刻む。

より正確に言えば、彼らの反応を恐れていた。


(謝らなくたって、別に死にはしないってのに)


偽らざる彼の気持ちだった。


「俺、ノーラと旅にでます。そして世界を救います」

「……そうかよ」


素っ気ない反応に落胆しなかった。

こうなって当然だと、どこか冷めた気持ちがあった。

村を去ることに誰もが無関心な中、一人だけが彼に激励を送った。


「ただのワルガキのあんたには英雄なんて肩書、重すぎたのかもね。辛くなったら帰ってきなよ」

「頭ぶん殴る女将がいる酒場なんか、誰が好き好んで帰るかよ」

「私だって、あんたの世話なんてゴメンだよ」


おばちゃんの提案を突っぱねると、売り言葉に買い言葉が返ってきた。 

お互いに憎まれ口が本心ではないと分かっているからか、示し合わせたように笑い合う。

好意に甘えて、いつまでも留まるわけにはいかない。

しかし、他の冒険者たちとは和解できていない。

こんな最後でいいのかと、自身に問いかける。

既に答えは、彼の中にあった。

―――そして彼は、心のままに従った。


「なんだ、早くどこにでもいっちまえ」

「昔の仲間と死別した辛さを払拭できないまま、いつの間にか三年間の月日が流れてしまっていました。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」


息を吸い込んで背筋を伸ばす。

貴族や王族と謁見したような丁寧な敬語で犯した過ちを謝罪すると、45度の角度でうやうやしく頭を下げた。

機会を逃せば、言えず終いになる。

冒険者は、いつ亡くなってもおかしくない職業。

日頃の傍若無人な行いを考えれば、酒をぶっかけられても、それで済めばいい方だろう。

覚悟していたものの、クロードの体は、強大な魔物と相対した時のように、どうしようもなく震えた。

酒場は水を打ったように、不気味なほど静かになった。

しばらくそのまま、頭を下げ続けていると


「いいから顔、上げろよ」


まさかの一言に、クロードは目を見開いた。

己の頬をつねると、かすかな痛みが現実であることを、彼に教えてくれる。


「えっ? 俺のこと、恨んでないのか?」

「お前がいてくれたお蔭で、魔物が寄りつかないとこもあったしな。感謝してんだぜ」

「そうそう、腐っても英雄だよ。あんたは」

「恨んでねぇって言ったら、嘘になるけどよ。そんな重い十字架を背負ってたって知ったら、お前のこと責められねぇよ」

「悪かったな。悩んでるなんてわからなかった。強いあんたに、いろいろ押しつけすぎてたのかもなぁ」

「まぁ、仲間が死んだ時の気持ちは、俺らが一番よくわかるからな」


酒場の男たちは固い笑顔で、ぶっきらぼうに呟く。

決して全てを忘れて、水に流したとは言い難い。

それでも許す気持ちと、憎い気持ちを天秤にかけて、温情をかけてくれた事実が、何より彼の心を揺さぶる。

もったいない暖かい台詞に、目頭に熱いものが込み上げる。


「あ、ありがとう……みんな……」

「こいつ、泣いてるぞ~」

「うるせぇ、泣いちゃ悪いのか!」


からかいの一言に、クロードは腕で涙を拭いつつ怒るが、その姿を酒場の冒険者たちは、温かい眼差しで見守る。


「……大事なこと、言い忘れてた!」

「なんだ、どうした」

「旅が終わったら、俺はここに戻ってくる! そんときはあんたらに酒でも、ご馳走させてくれ! 村の人間全員に、伝えといてくれよ。頼んだぜ」


溢れるものを拭い、クロードが酒場で叫ぶと、しばらくの間、彼の台詞が反響する。


「おう、楽しみに待ってるぜぇ~」

「達者でね!」

「べっぴんさんと一緒なんて羨ましいなぁ。元気でやれよ、クロード」


大勢に見送られて、クロードは村から旅立つ。

はちきれんばかりに手をぶんぶんと振る彼らに、後ろ髪を引かれつつも、彼は村の人々の顔を向けたまま、前へと歩み始めた。

門番にも別れを告げると、村の外で待っていたノーラが、穏やかに語りかける。


「愛されてるのね、あなた。あなたほどの実力があれば、王国や村々の組合から、引く手あまただったでしょう? ここに固執したのは、この村が大事だから?」

「……ルッツと初めて出逢った、あいつらとの冒険の始まりの場所だったんだ。だから、ここだけは失いたくなかった」

「そうなの。第二の故郷、みたいなものかしら。素敵ね」

「ああ、あったけぇ連中ばっかだよ。どいつもこいつも、口が悪いけどな」

「あなたに似たのよ。いや、あなたが村の人に似たのかも」

「うるせぇや」


謝罪しなければならない相手は、もう一人いる。

彼女の方に向き直り、息を吸い込んだ後、彼は喋り始めた。


「……ノーラ。思い出させてくれたこと、本当に感謝してる。ありがとう。今更だけど、全力でぶん殴ったことやお兄さんを侮辱したこと、謝るよ」

「大丈夫よ、大丈夫だから。平気、平気」


そういう彼女のこめかみには、ミミズのように太い青筋が浮かんでいる。

許していないなら許さないと、はっきり言えばいいのに。

、傷つけた負い目もあって言えなかった。


「いや、平気じゃないだろ。明らかに無理してるし……」

「大丈夫、ぜんぜん気にしてないわよ。兄さんが死んだと言われたのも、弱いお前には何も為せないって言われたのも、ぜーんぜん!」

「めちゃくちゃ気にしてんじゃないかよ、頼むから許してくれよぅ」

「どうしようかしらね〜」


と、言葉を続ける。

表面的な謝罪と、表面的な赦し。

求めるのは、本心からのもの。

言葉だけの謝罪が無駄と気がつくと、彼はノーラに要求するのをやめた。


「わかったよ。もう許してくれとは言わない。でも旅を続けていく内に、俺を認めさせてみせる」

「……期待してるわ。そう遠くない未来に、その日がきそうね」


汚い部分は、彼女に全て見られた。

これからは最悪な第一印象が、上がる一方だ。

置かれた状況を肯定的に捉えると、心がいくぶんか楽になる。


「ルッツさんたちと、あなたの冒険は最悪の形で終わってしまったけれど―――これから始めましょう、私たちの物語を」


よほど気恥ずかしいのか、苦々しい微笑みを浮かべつつ、彼女は呟いた。

彼女との冒険は、そう悪いものにならない。

悲観的だった未来の予測が、彼女と出会ってから、段々と明るいものに変化していく。

雨雲の切れ間から、日の光が差し込むように。


「ハハハ、ノーラは優しいな。ちょっとキザだけど。男だったら、めちゃくちゃモテそうだな」

「べ、別にそんなつもりじゃないって。いくわよ、もう」

「あ、おい! 俺なりに褒めたんだよ。待てってばーっ! 置いてくなよ~っ!」


走り去るノーラを、クロードは追いかける。

理想を叶えんとする心の強さを胸に秘めた、彼女の背中を。

次回、ライバル登場回!


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