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第3話 信じる力

「あ、あいつが帰ってきたぞぉーっ!」


帰ってきた彼を捉えた村の門番が叫ぶ。


「邪魔すんな……教会で治療を受けさせる……」


彼を無視して突っ切ると小さな子供が寄ってきて、その次は噂好きな老婦人と、人だかりが人だかりを呼んだ。

民衆は


「またあいつが、よそからきた冒険者さんを」

「やぁねぇ」


などと好き放題に陰口を叩いている。


「うるせぇ……見世物……じゃねぇぞ」


足に力を入れて踏ん張る度に、背負ったノーラの重みが骨に響く。

足を引きずりながら群がる人々を押しのけ、教会に運ぶと、修道女が讃美歌を歌っていた。

彼女の視線の先には、無数の骨で形作られた、2つの巨大な人骨があった。

直立する骸骨に、もう片方の骸骨が背後から抱きついているのが特徴的な、村で信仰される光神ルクスの偶像である。

何かを信じる力を今しがた知った彼は、不気味で物々しい偶像を、神々しいとさえ感じた。

荘厳な雰囲気に飲まれた彼は


「失礼……します」


と他人の家に上がるように、礼儀正しく敷居をまたぐ。


「治療の方ですか。それとも祈りを捧げにきた……だ、大丈夫ですか?」


ドクロのペンダントをぶらさげた金髪碧眼の修道女が振り返り、血塗れの2人を見るや否や駆け寄る。

彼女の名はマリアンネ。

敬虔なルクス教の信徒だ。


「クロードさん、ひどい怪我ですね。背中の女性は見慣れない方ですが」

「いろいろ……ありまして。とにかくノーラと……ついでに俺に……治癒の魔法を」

「かしこまりました。少々痛むかもしれません、私の手に意識を集中してください」

「はい」

「治療と失明を司る神よ、汝の力添えによって我に死と再生を、繁栄と衰退を、治癒と病を―――レフェクティオ」


促されるままに胸にかざした彼女の手と、神秘的なマナの輝きを見つめる。

最初こそズキズキしたが、徐々に痛みは引いていき、体が軽くなるのを実感した。


「マリアンネさんがいてくれて助かりました」

「次は時間がかかりそうな、この方を。レフェクティオ」


呪文を唱えると、みるみるうちに塞がっていく。

だが度重なる魔法の使用に疲弊したマリアンネは、長時間目を酷使した人間のように、しきりに瞬きする。

額には玉の汗が噴き出て、苦痛に顔を歪めるノーラだけでなく、彼女も辛そうだ。

しかし、自分にできることは限られている。

彼女たちの静かな戦いを、彼は固唾を飲んで見守る。


「う……私、まだ生きて……」


賢明な治療の甲斐あって、どうやら意識を取り戻したらしい。

あのまま永遠の別れになっていたら……。


「傷つけた俺が言う資格はないかもしれねぇけど大丈夫か? あんたがまた動けるようになるまで、責任とるからな」


安堵した彼がそういうと顔をノーラから修道女に向け、言葉を続けた。


「実はこの女の人の宿屋を知らなくて……」

「あら、そうなんですか。なら彼女は、寄宿舎の空き部屋で預からせてもらいますね」

「お願いします。あ、マリアンネさんには重いでしょうから、この子は俺が運びますよ」


深々と頭を下げ、巾着袋の金貨で二人分の治療費を支払って彼女を背負うと、マリアンネは


「クロードさんに光神のご加護を」


と十字を切って、彼の安全を祈った。




数日後




「こちらです、クロードさん」

「案内ありがとうございます、マリアンネさん」


案内されたのは歩く度に床の板が軋む、おんぼろの寄宿舎の一室。

寝台と横にサイドテーブルがあるだけの、殺風景な部屋。

療養の気休めになるようなものは何もない。

人と人が心を通わせて会話に花を咲かせるのが最高の娯楽と、暗に主張するようだった。

今日来たのは他でもない。

誠心誠意謝って、伝えたかった。

立ち直るきっかけをくれて、ありがとうと。


「換気しておきましょうか」


マリアンネが窓を開けると、冷たい風が肌を刺す。


「うぅ……兄さん。兄さん、置いてかないで!」

「大丈夫か、しっかりしろ」


うなされるノーラに何度も声をかけると、純白の寝間着を身に纏う彼女が飛び起きる。

目を覚ました彼女は、彼の存在に気がつくと、毛布にくるまって警戒する。


「あ〜、無理もないよな。完膚なきまでぶちのめしたんだから」

「……何をしにきたの?」

「それ、届けにさ」


ベッドの側のテーブルに置かれた、果物かごを指差すと、しばらく彼女は面食らったような表情を浮かべる。

ほどなくして彼が見舞いにきたことを察した彼女は、溜息をついて俯いた。


「……私の負けね。あなたにはまるで敵わなかった。負けた相手に介抱までされるなんて、みじめね」


そういうとノーラは下唇を噛み締めて、悔しさを滲ませる。

力で他者を屈服させるのなら、魔王や魔族と何ら変わらない。


「込み入った話のようなので、私はこれで……」


マリアンネが去ると、部屋はしんと静まりかえる。

何を話せばいいか困った彼は、思いつく限りの言葉を投げかけた。


「俺はノーラの意志の強さに屈したんだ。約束通り組織に入るよ。あ、名前で呼んでよかったか。さん付けした方がいい? 敬語で喋るべきか?」

「いいわよ、そこまでしなくても」


へりくだる彼を見て彼女が噴き出すと、肩から緊張が抜けていく。

果物に視線をやると


「皮剥くから、ナイフ貸してくれないか」


彼女に訊ねた。


「待って! 確かカバンに入ってたはず」

「それじゃダメなのか」

「あ、これは大事なものだから……」


枕元のナイフを指差すと、彼女は歯切れの悪い返事をした。

何の変哲もなさそうな短剣は、彼女が握る間だけ光を帯びる、特別な力を宿していた。

確かに大切な商売道具なら、他人に扱われたくないのは当たり前だろう。

詳しい話を聞くのは、親しくなってからでも遅くあるまい。

剥き終えたリンゴを一口大に綺麗に盛りつけて、テーブルに置くと、彼はそれ以上詮索するのをやめた。

 

「あ、美味しそう。いただきます」

「おう、遠慮せず食べてくれ」

「う、いっ……」

「染みるのか? 他の果物にしたらよかったかな」

「大丈夫……」


頬を抑えて痛がる素振りを見せるも食欲が勝ったのか、手を止めずに頬張る。

食べ終わった彼女にコップを手渡すと、彼女は餌を溜め込むリスの如く、ほっぺたを膨らませた。

  

「冒険に旅立った理由、よかったら詳しく教えてくれないか」

「……どうしても言わないとダメかしら? 話すと、嫌でも思い出しちゃうから。兄さんのこと」


口に含んだ水で咀嚼した林檎を飲み込むと、彼女は勿体ぶっていう。

クロードは無理強いをするつもりはなかった。

誰にでも触れられたくない過去があって、そこに無遠慮に踏み入らないのが優しさだから。


「個人的に知りたいだけさ。事情を知ってりゃ、冒険に張り合いもでてくるからな。誰も死なせるわけにゃいかねぇって」


彼女は考えこんだ後、言葉を紡ぐ。


「私の兄さんのドゥンケルハイト·アウフレヒトは私の住む都市では、ちょっとした有名人だったわ。英雄とも持て囃されてた。あなたみたいにね」

「……そうか」 

「そしてある日、突然失踪してしまったの。七帝を追うとだけ言い残して」


シュプリッター七帝。

地上を統治すべく派遣した七人の魔王直属の幹部とその配下の軍隊が、そう呼ばれていた。

かつての仲間と力を合わせて七帝は全員倒したが、3年の月日を経て再編成されたと、風の噂で耳にした。


“王者の懐刀”アインス

“断罪の処刑者”ツヴァイ

“絶対管理者”ドライ

“無知蒙昧なる愚者”フィア

“混沌もたらす曲者”フンフ

“大陸の破壊者”ゼクス

“若年の識者”ズィーベンと“識者の友”アインザムカイト


彼らによって飛空艇を作っていた大都市フェアンヴェーは徹底的に文明を破壊され、今では大陸有数の歓楽街として生まれ変わったという。

飛空艇の図形は手に入れ、黒の城に向かう船を職人に作ってもらう。

打倒魔王のために、まずは七帝に挑むのが、当面の目標だ。


「それから音沙汰がなくなって、小さな種火の仲間たちと捜索を続けてるけど、有力な手掛かりはないわ」

「……」

「いくら兄さんでも、七帝に喧嘩を売るなんて無茶だったのよ……」


先日の気丈な彼女と同じ人物とは思えぬほど、弱々しい台詞を吐露する。

あの時流した涙は、いっぱいいっぱいの感情が溢れてしまったのだろうか。

行方不明といえど遺体を確認していない以上、生存の可能性は捨てきれない。

眉を八の字にさせた彼は


「弱気になっちゃダメだろ。あんたまで諦めたら、誰がお兄さんの命を尊ぶんだ」


と、彼女を鼓舞する。

残酷で無責任な一言を、一度は飲み込もうとした。

それでも信じるのが彼女の努めで、義務から逃げ出せばきっと後悔する。


「そろそろ帰るわ。長居したら悪いし、旅の準備もやらなきゃいけねぇしな」

「今日はありがとう。ねぇ、クロード」


背中を向けた彼は呼び止められ、踵を返す。


「ん? どうした」

「あなたのお師匠さまも、きっと無事よ。お互い生きている間に、再開できるといいわね」


それだけ伝えると、彼女はぎこちない笑顔を向ける。

普段は誰かに笑いかけたりしない彼女の性格が容易に想像できる、控えめな笑みで。


(八つ当たりした相手を気遣うなんて、とんだお人好しだな)


つられて彼も、にんまりと口角を吊り上げる。


「ありがとよ、これからは仲間としてよろしくな。あんたの馬鹿げた理想の手助け、させてもらうぜ」

「そんな馬鹿げた理想を追うために、私はあなたを引き入れたのよ」


刺々しい口調から怒りを感じ取ると、彼は失言の言い訳をした。


「悪いように受け取るなって。あいつらとやった馬鹿を、もう一回あんたらと一緒にやるって意味さ」

「あなたとの旅は大変そうね、色々と」

「ケッ。そんだけ口が達者なら、わざわざ見舞いに来なくてもよかったな。看病してくれたマリアンネさんに、ちゃんと礼はいっとけよ。じゃあな」


軽口で互いに罵り合うと、少しだけ心の重荷が降りる。

この瞬間、俺たちは少しだけ分かり合えた。

そんな気がした。

ゲヒャヒャヒャ!

魔王様の配下、七帝様から伝言を預かったぜ!

お前たちに聞かせてやるよ、感謝しろ!


アインス ENTJ

「魔王さまの支配が及ばぬのなら、儂が貴殿らを従わせるまでよ」


ツヴァイ ESFJ

「裏切り者は絶対に許さん。だが組織に従順に仕えるなら―――俺たちはいい仲間になれそうだな!」


ドライ ISTJ or ESTJ

「おはよう諸君―――唐突だが君は愚民か。もしそうなら、私による絶対の支配で君たちを管理してあげよう。光栄に思いたまえよ」


フィア INFP

「……」


フンフ ESTP

「アインスやドライによる地上の支配―――それを盤石にするためには民衆の混沌が、つまり俺が必要ということさ。俺からは以上だ」


ゼクス ENTP

「ねぇ、アンタ。もし命がいらないならさ。死んでアタシの役に立ってよ。ギャハハ!」


ズィーベン ISFP

「僕は誰も信じない。君もそうだろ、アイン」


とのことだ!

七帝様に逆らったら、命がいくつあっても足りねえぞ!

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