第85話:黒田、当て馬チャンスを見つける
フラスティン家の許可は下りていないが、グレンが私の騎士になると決めたことで、学園生活に集中できなくなっていた。
「次の期末テストだが、ここまでがテスト範囲で……」
闇の力でも働いているのか、学年を一つ下げたグレンの教科書がなぜか届かないため、机を繋げたまま授業を受け続けている。
推しが隣にいてツラい、なーんてソワソワしていた日もあったわね。今となっては、推しに守るべき存在だと思われていて、息苦しいわ。
だって、推しがずっと私のことを考えてくれるだけでなく、見てくれてるってことなんだもの。それはファン側の人間がやることであって、推しにやられたら死人が出る案件よ。
はぁ~、どうしよう。グレンがノートに文字を書き始めた。授業中に文字で会話することすら、今の私にはハードルが高いわ。
『この辺はテストに出ると思うぞ』
真面目に授業を聞いていて偉いわね、グレン。わざわざ教えようとしてくれるあたりが、ますます子犬みたいな可愛さを助長させるわ。
『大丈夫よ。このあたりの歴史は先生よりも詳しいから』
それなのに、オタクすぎて相手をしてあげられないなんて。私って罪な女ね。
『知らないぞ。テストで赤点を取っても』
『私は満点だから大丈夫。それより、ルビアの勉強を見てあげて』
『誰も勉強を教えるとは言っていない。護衛の仕事が最優先だ』
どうしてこうなったのかしら。完全にグレンの騎士ルートを開拓してしまっている。
もちろん、嬉しいか嬉しくないかと聞かれれば、寝込みそうになるくらいには嬉しい。ルビアの略奪ルートの抜け道を通っているため、グレンはずっと傍にいてくれるだろう。
でも、問題はルビアよね。逆ハーレムを目指していたのに、あとはジグリッド王子しか残されていないんだもの。
最高の当て馬ではなくて、最強の当て馬になって吹っ飛ばしすぎたわ。ちゃんとジグリッド王子とルビアの恋愛ルートを開拓して、今度こそ当て馬にならないと。
まあ、まずは期末テストを乗り越えなければいけないが。
授業が終わっても勉強を続けるルビアの元へ近づくと、そこには、必死にアルヴィのノートを写す姿があった。
「待ちなさい。どれだけ授業を聞いていないのよ」
「うげっ。お、お姉ちゃん……」
ギロリッと目を光らせる私を見て、早くもルビアが委縮した。
テスト前になるとやってくる、この世界の勉強が大好きなスパルタ黒田である。近くでグレンが「いや、ブーメラン」と呟いてくるが、今は無視しよう。
前回のテストで学年一位の私は、余裕が違うのだから。
「随分と授業中に寝てたみたいね。睡眠学習が得意なのかしら」
「学園の先生よりも怖いの、やめてもらってもいい?」
「公爵家の次女が赤点だと、話にならないもの。このままだと、夏休みがガッツリなくなるわよ」
そう、期末テストが終われば、夏休みなのだ。ジグリッド王子の好感度をグイグイ上げるためには、学園で補習を受けてる場合ではない。
キャッキャウフフの恋愛イベントがなくなれば、ルビアとジグリッド王子が結びつく未来がなくなってしまう。
それだけは避けないと、ルビアが幸せな結婚生活を送れない。未来を知る姉として、絶対に阻止するべき案件だ。
ルビアにとっては、余計なお世話かもしれないが。
「最近まで色々忙しい日々だったし、今から頑張ろうかなーって……」
さすがに可哀想だと思うのは、ルビアにしかできないと思われていたライルードさんの治療を任せきっていたからだ。
毎朝早く起きて治療を行い、日中は学園で学生生活、夕方は治療師見習いとして活動する。とてもハードなスケジュールであり、人の命がかかっていたため、手が抜けなかったのだろう。
しかし、治療師の仕事で勉強が追い付いていないなど、言語道断。貴族たるもの、経歴に傷を付けてはならない。
ここはもう、優しいクロエお姉ちゃんの出番である。ルビアの家庭教師と恋のキューピッドを同時進行でやるべきだ。
「今晩からお勉強会を始めましょうか」
「えっ? テスト期間は明日から……」
「大丈夫。ちょっと早くなっただけよ。何か文句ある? ないわよね」
絶望的な表情を浮かべるルビアには悪いが、これもすべてルビアのため。まずはテストで良い点を取って、ジグリッド王子にふさわしい人にならないと。
よし、すぐに取り掛かろう。
これが、最後の当て馬チャンスになるのだから。




