第83話:黒田、胸を張る
二日後、王城に呼ばれた私とルビアは、騎士団が訓練する姿を眺めていた。
「サウル。たまには稽古を付けてやろう」
呪縛がなくなったライルードさんはすっかり元気になり、騎士団の訓練に精を出している。犠牲になったサウルには、ちょっぴり申し訳なく思うが。
「おい、誰だ。ライルード団長に栄養ドリンクを渡したのは」
呪縛による体調不良……というのは、一部の人間にしか知られていない。そのため、妙に元気になったライルードさんに、騎士たちは戦々恐々としていた。
ずっと剣を握れなかったから、体を動かしたくて仕方がないんだろう。
「グレンも訓練に参加してきたらどう?」
「……やめておく」
私の護衛役ということもあり、グレンはなかなか訓練に顔を出せていない。特に、体育館倉庫の事件があってから、熱心に護衛してくれる姿しか見ていなかった。
「遠慮しなくてもいいのよ。今日は王妃様の様子を見に行くだけだから」
「………」
プイッと顔を逸らすグレンは、恥ずかしそう……というより、なぜか緊張した印象を受ける。珍しくソワソワしていて、落ち着かない様子だ。
どうしたんだろうと思いつつも、深く気にしないことにして、その場を後にした。
王城の中を進み、自室にいる王妃様の元へ訪ねると、笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい。こちらにかけてもらって構わないわ」
緊張することもなく、ルビアと一緒に普通に腰を掛けてしまうのは、それだけ王妃様のペースに慣れた影響かな。
ライルードさんの呪縛を治療することができて、昨日、王妃様の呪縛を解除することにも成功している。公爵家としても、王族との関係はさらに良好になったと思う。
ただ、思ったよりも呪縛の影響が大きいわけで……。
「やっぱり聖魔法はダメそうですか?」
「そうね。体にはほとんど魔力が流れていないの」
元気になったライルードさんとは呪縛の種類が違い、王妃様の後遺症は酷かった。
命を脅かす危険はないものの、完全に魔力が流れなくなる体質に変えることで、聖魔法を封印する思惑を感じる。
今後、少しずつ魔力が戻ってくる可能性もあるけれど、呪縛に長い時間苦しめられたことを考えると、聖女として活躍できるほど改善するとは思えない。
呪縛から解き放たれたら治るかもしれない、そういう希望を打ち砕いたみたいで、少し申し訳なく思ってしまう。
「クロエちゃんのせいじゃないわ。呪縛のことを考えなくてもよくなった分、気持ちは楽よ」
どうやら顔に出ていたみたいだ。王妃様が私の気持ちを察して気遣ってくれた。
元々王妃様は優しい人だし、こればかりは本当に私のせいではない。今回の件に関しては、ルビアと一緒に頑張ったと胸を張って言える。
筆頭騎士のライルードさんが騎士団に復帰できるのであれば、国としても明るいニュースだ。大きな貢献をしたことは間違いない。
オリジナルルートを通っている私には、色々な可能性がある。今回の一件で、そう感じた。だから……。
「もっと聖魔法を使いこなせるようになったら、また治療に来ます」
いつか王妃様の体質を改善する魔法を覚えよう。ルビアと一緒だったら、できる気がする。
「あら。用がなくても来ていいのよ。お茶くらいは用意するわ」
王妃様が笑顔を向けてくれた、その時だった。突然、部屋の扉をバーンッと開けて、小さな箱を抱えたルベルト先生が入ってくる。
この人はとんでもない非常識人なのね。ここ、王妃様の部屋よ。
「あれ? クロエくんたちもマーガレットちゃんと一緒だったの?」
「せめて、マーガレット王妃と呼んでください。そういう軽いノリで来てもいい場所ではありませんし、最低でもノックくらいはするべきです」
「あぁー、大丈夫、大丈夫。僕はいつもこういう感じだから。でも、本当に呪縛が治ってよかったよね」
「それはそうなんですけれど……あれ、なんで知ってるんですか?」
騎士団の訓練場では、ライルードさんが呪縛の影響を受けていたと、サウルでも知らなかった。王妃様の呪縛の件なんて、それ以上にトップシークレットであることは間違いない。
よく考えれば、部屋の前には護衛騎士がいるにもかかわらず、ルベルト先生は普通に入ってきている。
どうしてだろうか。すごく嫌な予感がする。王妃様が怒っていないということは、まさか……。
「心配をかけましたね、ルベルト」
知り合いパターン……。国の根幹に関わる重要な話をしてしまうほど、信頼できる人物という扱い。
「いやー、毎日三食しか喉に通らなくて、爆睡しかできなかったよ」
健康オタクか! この前、仕事中にお饅頭を食べていたし、呑気に間食までしてるじゃないの。
これには、ルビアと一緒にテーブルに手を付き、グッと前のめりになって、王妃様に圧をかける。
「王妃様、交友関係を見直すべきだと思います」
「お義母様、交友関係を見直そうね」
双子らしいところが出てしまったが、こればかりは仕方ない。相変わらずルビアが『お義母様』と呼んでいるが、今回は見逃そう。
私とルビアにとって、ルベルト先生は要注意人物なのだから。仲間同士でいがみ合っている暇など……ない!
「クロエちゃんたちが心配する必要はないわ。ルベルトは性格に難があるけれど、信頼できる人よ。もう二十年近くの付き合いになるから」
「もっと信頼できる治療師が、この国にはたくさんいると思います」
「権力に興味がなくて、気軽に話せる人は少ないのよ。一緒に回復魔法を学んだ同期で、口も堅いの。……こう見えて」
うぐっ。確かに王妃様の呪縛の件が広まっていないから、口が堅いのは間違いない。
「マーガレットちゃんに褒められるなんて、今日はよく眠れそうだよ」
「いつも爆睡してますよね? さっき自分で言ってましたよ」
思わずツッコミを入れると、ルベルト先生の頬が僅かに緩んだ。抱えていた小さな箱を机に置くと、それを私の方に差し出してくる。
「そんなことを言ってもいいのかなー? 僕はマーガレットちゃんと情報交換をしていてね、王都の現状を市民目線で伝えているんだ。もちろん、どこかの聖魔法使いの成長を伝えることも役目の一つかな」
監視されているといえば響きは悪いが、それほど聖魔法使いは貴重な存在になる。国の繁栄にも関わる恐れがあるし、聖魔法を使えない王妃様としては、何よりも欲しい情報だろう。
ただし、ルベルト先生が善意だけで行うとは考えられない。そして、差し出された箱から薄っすらとバニラビーンズの香りがするため、黒田の情報が洩れていることも間違いない。
どうして気づかなかったのだろうか。私がスイーツ好きだと、ルベルト先生が知っていることを。
「僕の実家で作っているんだよ、壺プリン」
今日ほどルベルト先生が素敵な男性に見えたことはなかった。情報漏洩、とてもバンザイである。




