第81話:黒田、スタート地点に立つ
薄暗い月明かりが照らす街道を、ジグリッド王子とグレンに馬を走らせてもらい、慌ただしく深夜に王都へ到着した。
王妃様の命令があったらしく、閉ざされている王都の門も普通に開けてもらい、王城に足を運ぶ。すると、ソワソワした近衛騎士が待っていてくれた。
「……。ライルード様の元へご案内致します」
一瞬、グレンの姿を見て動きを止めたが、ジグリッド王子が頷く姿を見て、納得してくれたみたいだ。
「クロエ嬢たちは、このまま向かってくれ。俺は母上の元へ向かう」
命に関わることはなかったとしても、王妃様は呪縛で魔力が失われている。何か悪影響があってもおかしくはない。
でも、原作で王妃様の描写はなかったから、問題はないはず。
「具合が悪そうなら言いに来て。たぶん、大丈夫だと思うわ」
「わかった」
ジグリッド王子と別れて、急いでライルードさんの元へ向かうと、離れの建物の地下に案内された。
松明で明かりが照らされているが、通路が狭く、あまりいい場所とは言えない。バレないように過ごすにはちょうどいいのかもしれないが。
部屋の前に案内されると、違う騎士が立っていて、扉を譲ってくれた。
「クロエ様、ルビア様。お待ちしておりました」
「まだ生きてるわよね?」
「何とか……といったところでしょうか。我々では呪縛の影響が判断できず、近づけないので何とも言えません」
王妃様が聖魔法を使えないため、呪縛の解析ができないんだろう。夕方から悪化し続けていると判断した方がいい。
意を決して扉を開けると、小さな薄暗い部屋にベッドが置かれていて、その上にライルードさんが寝ていた。
近づいてみると、容態が悪化したのは明らかで、玉のような汗をかいている。何より心配なのは、体が黒いモヤみたいなもので覆われていて、呪縛の影響が強く出ていることだ。
ルビアの治療が上手くいっていたのに、ここまで悪化するのね。本当に、ルビアと一緒に治療できるのかしら。
一瞬躊躇した隙に、グレンがライルードさんの手を握る。
声をかけることはないが、彼なりに心配する気持ちが前に出ての行動なのだろう。親も不器用なら、子もまた不器用だ。
ただ、そんな推しの姿を見せられては、私も弱音を吐けないわけであって……。
「お姉ちゃん、早く治療しよう。ライルードさんが死んじゃう」
居ても立っても居られないらしく、ルビアはすぐに治療を始めた。
聖魔法による淡黄色の光で体を覆う黒いモヤが僅かに薄まるため、やっぱり効果はある。二人で聖魔法を使えば、可能性はあるかもしれない。
原作では効果のなかったクロエの聖魔法で、どこまで手助けできるかわからないが。
深呼吸して心を落ち着かせた私は、ライルードさんの胸に手をかざす。
初めて会ったときに呪縛の状態を確認したけれど、その時ですら闇に引きずり込まれそうな感じがあった。今はその闇が躍動し、襲い掛かって来そうな雰囲気がある。
正直、めちゃくちゃ怖い。でも、ルビアが頑張ってるんだし、グレンに悲しい思いをさせたくない。
グッと強い意志を持って聖魔法を使うと、体を覆っていた闇がほんの少し薄くなる。が、クロエの聖魔法では効果が薄く、ルビアのようにはいかなかった。
やっぱり主人公補正があるのね。ここまで差が大きいとは思わなかったけれど。呪縛の進行を少しでも遅らせるには、長い夜になりそうだわ。
魔力量の多いルビアならともかく、私は夜明けまで持ちそうにない。何か対処法を考えないと……。
慣れない呪縛の闇に精神力が削られる環境のなか、ケロッとした表情のルビアが首を傾げた。
「お姉ちゃん……? なんでそんな無駄なことをしているの?」
ルビアの痛烈な一言に、私は心が痛んだ。それと同時に違和感を覚える。
確かに私の聖魔法は治療効果がほとんどない。無駄と非難されても仕方がないだろう。
でも、姉妹関係が決裂したルビアが使いそうな言葉を、今ここで口にするのはおかしい。わざわざクロエについてくるようにお願いしてきたのはルビアだし、誰よりも信頼してくれているはず。
私を見下すために非難したわけではなく、純粋な疑問をぶつけてきているんじゃないかしら。
「私にはこれが精一杯なのよ。呪縛に飲み込まれてしまいそうで、どうしていいかわからないの」
「そんなに怖いかな。呪縛の術式に聖魔法を流し込むだけだよね?」
ルビアの言葉を聞いて、私はライルードさんの首元を確認する。しかし、そこには何もない。そう、何もなかったのだ。
原作の静止画では、呪縛の進行具合を表すように体に奇妙な文字が刻まれていた。でも、クロエの目ではそれが見えない。
どうして気づかなかったんだろうか。服や鎧を着ていた影響もあるけれど、クロエではできないと諦めて、ルビアに任せすぎていたのかもしれない。
「もしかして、お姉ちゃんは見えてないの? 呪縛の術式」
どうりでルビアにしか治療できないはずだわ。姉妹関係に亀裂が入ると、絶対にクロエが活躍できない仕様になっていたのね。
「何も見えていないわ。ルビアが聖魔法を使っていることしかわからないの」
「お姉ちゃんが治せなかった理由、ようやくわかったよ。王妃様も曖昧な形でしか教えてくれなかったけど、たぶん、見えていなかったんだね」
王妃様でもダメだったのなら、主人公補正で間違いないわね。ルビアが特別な存在という可能性が高い。
でも、今はとにかく……。
「ルビアの言うことなら信じるわ。魔力を流す場所を教えてちょうだい」
うんっと頷くルビアと共に、二人で治療を始めていく。小さな声で「頼む」と呟いたグレンに見守られながら。




