第79話:黒田、星空を観察する
騎士団遠征の夜を迎えると、どうしてこうなったのか、私はジグリッド王子と満天の星空を眺めていた。
小さな虫の鳴き声が響き渡り、鮮やかな蛍の光が輝く夜。体育座りをして眺める私の隣には、空を眺めるジグリッド王子が座っている。
「王都で眺める星空よりも綺麗だな」
「そ、そうね。見晴らしもいいし、とても綺麗だと思うわ」
落ち着いた雰囲気のジグリッド王子とは違い、私はとてもぎこちない。なぜなら、このロマンティックな空気は、鈍感な私でも恋愛イベントだと気づいてしまうから。
ジグリッド王子のルートって、グレンが終わった後に開拓されるはずなのだけれど、どうしてこんなことになったのかしら。
でも、ジグリッド王子とクロエが結びつき、ルビアが略奪するルートが多いから、間違ってはいないのかもしれない。
ただ、今まで私が恋愛フラグを立てた記憶はないのよね。最近はアルヴィとの交流が多かったし、原作と大きく感情はズレるはずよ。
元々ジグリッド王子はクロエのことが好きで、アルヴィと良い感じになった影響で焦っている、なーんてわけでもあるまいし、ただの交流イベントの可能性もある。
無駄にドキドキするだけ損よ、黒田。あとで妄想の世界で楽しみましょう。
「月蝕が起こるなんて、珍しいわよね。どういう現象で起きているのかしら」
「クロエ嬢が知らないなんて、そっちの方が珍しいな」
「そこまで物知りではないわ。本を読んだ知識しか知らないもの」
実際はそのほとんどがゲームのものであり、クロエの趣味である読書が活きて、幅広い知識を得ているだけだ。オタクの黒田が知りたいという思いも重なり、ジャンルも偏っている。
地球では、月・太陽・地球の位置関係によって起こると知っていたから、余計に興味が湧かなかった影響も大きい。改めて考えてみると、異世界ではまったく違う現象で起こるはずだ。
「俺も詳しくは知らないが、大気中に存在する魔力が急激に濃くなり、一時的に月が隠れるそうだ。気づきはしないが、今日は魔力濃度が一番濃い日になるらしい」
「ふーん。本当に気づかないわよね。魔法を使ったらわかるのかしら」
「かなり敏感な体質の人でさえ、なかなか気づかないと聞く。大気中の魔力を測定していない限りは難しいだろう」
なるほどね。この騎士団遠征でも魔力測定を行い、変化を調べる班があったはずよ。
魔力濃度が高いと魔物に与える影響が大きく、凶暴化しやすいと本に書いてあったけれど、まだまだ知らないこともたくさんありそうね。
「ジグリッド王子でもわからないものなの? かなり魔力量は多いわよね」
魔法適性を判別する『始まりの儀』で、ジグリッド王子は前例にない魔力量だと判断されている。騎士団でも訓練をしているし、敏感に察知しても不思議ではない。
「あまり関係ないのかもしれないな。生まれ持った魔力が多い分、慣れるまでは扱いにくいし、まだうまく制御ができないんだ」
そう言ったジグリッド王子は、手を前に出した。深呼吸して集中した後、「フンッ」という気合いの入った声と同時に、火炎放射のように炎がブォォォッと発生する。
なんだかんだで初めて火魔法を見た私は、ちょっとビビった。術者は大丈夫なのかもしれないが、思ったより熱気もすごい。
「指先程度の火を作ろうとした結果、こんな感じになる。とてもではないが、周囲の魔力量を気にする余裕なんてないよ」
スーッと炎が消えると、一気に暗くなった印象を受ける。その影響かわからないが、どことなくジグリッド王子が悲しい表情をしているように見えた。
魔力量が多いルビアもうまく扱えてないみたいだし、思っている以上に苦労しているのかもしれない。聖魔法で活躍するクロエを見て、焦りを感じる気持ちもわかる。
置いていかれるような感覚になって、自分が成長していないと錯覚しているのよ。比較対象である私が多方面で活躍したから、余計にそう感じてしまうの。
「ごめんなさい。配慮にかけていたかもしれないわ。もっと簡単に魔力操作ができるものだと思っていたの」
遠足で浮かれすぎた影響もあるけれど、ジグリッド王子とルビアが結ばれるエンディングを見ている私は、どうしても軽く考える傾向にあった。
ルビアと結びつけば、子宝にも恵まれて、幸せな国になる。グレンとの逆ハールートにいったとしても、世間に認めさせればいいだけの話であって、そのために私が当て馬になる必要があり、努力を続けてきたのだ。
でも、その影響でジグリッド王子を苦しめているのだとしたら、あまり嬉しくはない。楽しい学園生活を送って、ルビアと思い出作りに励んでほしかった。
しかし、私の思いとは裏腹に、ジグリッド王子は優しい笑みを見せてくれる。
「本当にクロエ嬢は変わったな。昔は冷静で完璧だったが、どこか冷酷なイメージもあった。でも、今はとても温かく感じる」
黒田の記憶が蘇るまでは、ルビアを第一優先に考えていたし、クロエは人付き合いが苦手だった。その結果、周りの大人たちからルビアを守るために頭をフル回転させ、外界と遮断しようとする癖が生まれている。
そういう設定だと知っているから、私でもクロエムーブができていた。
「貴族の集まりが苦手なだけで、二人きりの時くらいは普通に話すわよ。一応、一国の王子なんだもの」
クロエムーブをするなら、ここで突き放すべきだっただろう。でも、傷ついた推しを放っておけるほど、黒田は冷酷になれない。自分の行動が原因だと知っていれば、なおさらのこと。
「魔法のことは教えてあげられないし、助けてあげられることは少ないと思うけれど、いつでも味方でいるつもりよ。だから、もう私とは比較しないで。競争するべき間柄ではなく、手を取り合う関係だと思うの」
聖魔法が使えない王妃様のためにも、互いに協力しなければならない。それは国を運営することに必要なことだし、ジグリッド王子とルビアのためにも繋がるはず。
「クロエ嬢……」
ただ、あまり踏み込みすぎるのも良くはない。あくまで原作では、クロエとジグリッド王子が結びつき、ルビアに奪われてしまうのだから。
でも、そのあたりは心配不要。恋愛経験ゼロの私が、男性の心を落とせるわけがない……そう思っていた。いや、そのはずだった。
私、何か恋愛フラグを立ててしまったのかしら。ジグリッド王子にとても好意的な目で見られている気がする。
ルビアの略奪が始まるから、間違いであってほしい。でも、良い雰囲気の場所で二人きりになり、推しと目が合うなんてシチュエーションになれば、誰でも流されてしまうものだろう。
「俺の手を取ってくれるのか?」
そう言って差し出されたジグリッド王子の手に、私は手を重ねる。
「当たり前のこと――」
「ねえ、お姉ちゃん」
ドッキーン! と過去一番心臓が破裂しそうな気持ちになったのは、パッと振り向いたところにルビアがいたからである。
「ち、違うわよ。こ、これはね、別に……どうか、した?」
必死に言い訳しようとしていたものの、ルビアの様子が明らかに変だった。
略奪スイッチがオンになったわけでもなく、悲しい気持ちに満ちているみたいにツラそうで……。
「ライルードさんの容態が急変したらしいの」
予期せぬ事態というべきか、変えられない運命だったというべきなのか。ここにきて、なぜか原作通りの展開に進もうとしていた。




