第55話:黒田、シュークリームを食す
サウルとの訓練で汗を流して、昼ごはんを食べた後、私はアルヴィと二人で街に出かけていた。
「ブリンシュおじさんのシュークリーム、アルヴィは食べたことがあるの?」
訓練を見守ってくれていたアルヴィが、王城の近くにシュークリーム屋さんができたことを教えてくれたのだ。それはもう、行くっきゃない!
当然、命を狙われている可能性がある私としては、自由に王都をブラブラすることはできない。でも、多くの騎士がウロウロしている王城近辺であれば、話は別だ。
よって、食後のデザートを食べにいこうという話になった。
「僕は新しくシュークリーム屋さんができたことしか知りませんでしたが、クロエ様は食べられたことがあるんですか?」
「いえ、初めてよ。たまたまポーラに教えてもらっただけで、その情報を知っていたの」
当然、本当はゲーム情報である。食べ物の情報を黒田が知らないはずはない。
「やはりメイドさんは情報が早いですね。僕も実家のメイドさんに教えてもらったんですよ」
「あら? アルヴィも甘いものが好きだったのね」
「えっ? あ、ああ、はい。そんなところですね」
たどたどしい感じになったのは、やっぱり男の子だからだろう。いくら貴族とはいえ、スイーツ好きを隠したがる男子は多いと聞く。
特に、可愛い男の子のアルヴィがスイーツ好きだったら、普通の女の子よりも女子っぽいもの。男らしく私を守ってくれたこともあるし、やっぱり男の子は女々しいと思われたくないんだわ。
「ちなみに、アルヴィはシュークリームとエクレアだったら、どっちにする?」
「えーっと、その日の気分次第ですかね」
「なるほど。なかなか上級者ね」
「……今の質問に上級者とかありました?」
「当然じゃない。シュークリームは子供、エクレアは大人、気分次第は上級者ね。どっちでもいい人は、そもそも興味がないわ」
黒田の独断と偏見によるスイーツトークをペラペラと話していると、王城から近い場所にあるため、すぐに到着する。
移動式のワゴン車みたいな形で販売するシュークリーム屋さんであり、サングラスをかけたイカツイ人がブリンシュおじさんだ。
「おじさん、シュークリームを二つお願い」
「あいよ」
到着して早々、私はすぐにシュークリームを注文した。
珍しくメニューで迷わないのは、ブリンシュおじさんのこだわりが強すぎるあまり、この店にメニューが存在しないことを知っているから。
ひたすらシュークリームに愛情を注ぎ込む男、それがブリンシュおじさんなのだ。予め作り置きはせず、注文されてから生地にクリームを入れるあたり、シュークリームガチ勢だとも言える。
そんなブリンシュおじさんのこだわりシュークリームを受け取るが、一見、見た目は普通のシュークリームにしか見えない。
しかし、ブリンシュおじさんのこだわりはカスタードクリームに存在した。
「いただきまーす♪」
はむっとかぶり付いた瞬間、サクサクッという音と共に、ムニュニュッとカスタードクリームが溢れ出してくる。
そう、カスタードクリームがパンパンに入っているのだ。その濃厚な甘さを抑えるためにも、ほろ苦いクッキー生地を使用していて、絶妙なバランスで調整されている。
そして、思わず頬を緩めてしまうのは……。
「いいわね。このカスタードクリームのアイス」
二種類のカスタードクリームを入れ、片方をアイス化させているため、ヒンヤリと冷たい。
まろやかなカスタードクリームと、とろけるカスタードクリームのアイスによって、濃厚なのにスッキリとした印象を抱く不思議なシュークリームに仕上がっている。
それがブリンシュおじさんのシュークリームだった。
「クロエ様。もう少し落ち着いて食べてくださいね」
しまった。久しぶりのシュークリームに心が躍り過ぎて、アルヴィと一緒だということを忘れていた。
こんな時にポーラがいてくれたら、ナプキンでササッと拭いてくれるのだけれど……、恥ずかしいわね。
ポケットにハンカチを持ってきているし、それで拭かないと。そう思った瞬間だった。
すでにハンカチを持ったアルヴィが、それを私の口元に近づけてきたのは。
ジーッと私の口元を見つめるアルヴィに意識を奪われていると、スーッとクリームを取り除き、優しい手付きでトントントンッと拭いてくれる。
顔の距離が近いし、その姿は……なんかずるい。
普段は弟ポジションなのに、突然お兄さんポジションに来ないでほしいわ。シュークリームどころではなくなってしまうんだもの。
「ご、ごめんね。アルヴィ」
「いえ、おいしそうに食べられる姿はクロエ様らしいですね」
褒められているのかいないのか、よくわからない。ただ、黒田を受け入れているのは間違いないだろう。
見境なくシュークリームにかぶり付いた黒田が悪いのだけれど、ブリンシュおじさんにもバッチリ見られてるのは、さすがにちょっと……。
「嬢ちゃんみたいにおいしそうに食べてくれると、シュークリームを作ったかいがあるってもんよ」
しかし、黒田という女は単純なものである。
貴族たるもの、調理した人を喜ばせるのも仕事のうちね、などと自分の心を誤魔化し、シュークリームにかぶりついたことを正当化させた。
なお、それでも心が落ち着かないのは、仕方がない。アルヴィのお兄さんムーブは、私にとって衝撃的すぎたのだ。
何とか心を落ち着かせるため、必死でシュークリームのことを考えて、ブリンシュおじさんに声をかける。
「このシュークリームが想像以上においしいのは間違いないわね。お土産代わりに三つ持ち帰りをお願いするわ」
おわかりだと思うが、ポーラ、ルビア、私の分である。現地で食べているにもかかわらず、寮でも食べようとしていた。
「へへっ、まいど! 話がわかる嬢ちゃんだな。ところで、二人はカップルかい?」
「……ん?」
ブリンシュおじさんの何気ない言葉に、私は意味を理解するまで少し時間がかかってしまった。
だって、異性と二人きりで買い物に出かける、それはもう、カップルに見えてもおかしくはない。ましてや、そういう経験は黒田の人生で初めてだった。
あれ? これって……デートになるのかしら?
恋愛経験ゼロ、妹ルビアに恋愛音痴と何度も言われた私は、心の底から得体の知れない何かが湧き上がってくることに気づく。
アルヴィと顔を合わせると、急激に羞恥心というヤカンが沸騰し、目を逸らすことしかできなかった。
「おっと、まだ若いねー。聞かなかったことにしてくれ」
この日、私は生まれて初めて、緊張で味がしないという言葉の意味を知るのだった。




