第49話:黒田、秘密兵器だった……?
年配の騎士が平然とした表情で軽く頭を下げた後、私を真っすぐ見つめてきた。
「ワシは第一騎士団長のライルード・ロカネルだ。フラスティン公爵家のクロエ殿よ。ワシの胸にかけられた呪縛を解いてはくれぬだろうか」
間違いであってほしい……と思っていたけれど、やっぱりそうなるわよね。原作通りに進めば、あと二か月程度の命になるわ。
でも、私には治療できない。略奪愛システムが働いていたのか、クロエがお手上げ状態のなか、ルビアが僅かな延命治療を施していたから。
まあ、可能性がないわけではないけれど。
本来なら、もっと物語が進んだ後に明かされるので、呪縛の進行を遅らせることはできるかもしれない。私もルビアも早い段階で回復魔法を使えるようになっているし、早期治療をすれば、結果が変わる可能性がある。
少なくとも、いまルビアが治療を行えば、延命できる時間は延びるだろう。ただ、どうしても腑に落ちないことがある。
「王妃様、一つ質問してもよろしいですか?」
「どうしたの?」
「私よりも王妃様の方が聖魔法の扱いに長けているはずですよね。どうして私に依頼されるんですか?」
「それがね、私では治せなかったのよ。でも、治療師として聖魔法を使いこなすクロエちゃんなら、できるかもしれないわ」
ルビアにできてクロエにできない以上、何か条件があるのかもしれない。そう思っていたのだが、原作の知識とストーリーを照らし合わせ、こっちの世界で暮らした経験があると、違和感を覚えてしまう。
聖女と呼ばれているにもかかわらず、王妃様が魔法を使った描写が一度もないのだ。ファイヤーリザードの襲撃事件が起きたときでさえ、魔法を使ったと聞いていない。
いくつもの治療院がパンクするほどの危機なら、普通は聖女が魔法で助けるだろう。クロエだけで改善できるような状態だったなら、原作で歴史的な事件としても残らないはず。
現実で一番活躍した治療師がクロエというのは、明らかに不自然だ。
つまり……。
「言葉が省略されているように感じます。何らかの理由で聖魔法が使えなくなったため、王妃様では治せなかった、ということでよろしいですか?」
騎士団長のライルードさんが同席しているなかで、国家の存続に関わるほど重要なことを問いただそうとしているため、部屋に緊張が走った。
気軽に接してほしいと言われているけれど、こればかりは聞いてもよかったのかわからない。
「やっぱりクロエちゃんは好きよ。どれだけ子供っぽい部分が見えても、冷静に物事を精査できる。とても聡明な子ね」
予想の範囲内だったのか、イチゴ大福に手を付け始める王妃様は、口元を緩めた。
今だけは、聖母と呼ばれた笑みが不気味に思えてしまう。
女の子が好きでクロエに興味を抱いたのではなく、いずれ気づかれると予測して、声をかけていたのかもしれない。早い段階で激レアのお茶会イベントが起きたのも、適性魔法を調べる『始まりの儀』で、私が国王様にたてつくようなマネをしたから、評価が変わったんだろう。
それなら、敵に回ることはないと断言できる。自分の代わりに聖魔法で活躍できるクロエを味方につけ、隠れ蓑に使いたいと思っているはず。
「クロエちゃんの言う通りよ。私は二年前にある組織の襲撃を受けて、魔力を宿さない体質になったわ。今は魔法が使えないの」
元凶の組織を壊滅させたのは、変な噂が広がらないように防いだってところかな。その残党が襲ってくるかもしれないから、街の警備を強化させ、騎士団はジグリッド王子の護衛を意識していた。
でも、実際に組織の連中が狙ったのは、聖魔法使いの私であったわけで……、ややこしいわね。グレンが護衛についてくれるのなら、後は彼に任せた方がいいわ。
やらなければならないことができたみたいだし。
「納得しました。呪縛を解除できるかわかりませんが、一度見せてもらってもいいですか?」
「うむ。このことはクロエ殿に任せよう」
重い腰を上げてライルードさんに近づき、鍛え上げられた胸元に手を当てた。しかし、状況は思ったよりもよろしくない。
何これ。不気味な感じしか伝わってこなくて、私まで呪われそうな雰囲気すらあるわ。暗闇の中で鍵穴を探すようなもので……、さすがに次元が違うわね。
治せる気がしないもの。
どうしてルビアは延命治療ができるのかしら。魔力量の問題なのかな。
「申し訳ないですが、私では厳しいです」
「そうか……。気を落とさないでくれ。こんなことを言うものではないが、元々は諦めていたものだ。淡い期待にすがっただけで、何とも思っていない」
落ち着いた物腰で話してくれた印象を受けるが、本当に諦めていたのか疑問に残る。必死さがあるというか、切羽詰まったような印象を受けるのは、気のせいだろうか。
「邪魔をしたな」
部屋を立ち去ろうと背を向けるライルードさんを見て、私は原作のクロエの気持ちを察した。
誰よりも妹のことを信じているクロエにとっては、希望の光に思えたのだろう。
「私では厳しいだけであって、ルビアなら可能かもしれません。このことを話してもいいのであれば、になりますが」
ピタッと立ち止まったライルードさんが振り返ると、やはり見間違いではなかったみたいだ。すがるような思いが反映されたその瞳を見れば、王妃様も首を縦に振らざるを得ないと思わせるほどだった。
「構わない。まだやり残したことがある」
騎士団長ライルードといえば、グレンの憧れの父親であり、多くの騎士から敬愛される存在だ。その勇ましい姿から他国にも恐れられ、国を代表する筆頭騎士になっている。
そんな栄光の道を歩んできた彼のやり残したことに、私は純粋に興味を抱く。原作ファンとしてではなく、彼の運命を知る者として知りたい。
「もしよろしければ、話を聞いてもいいですか?」
「……恥ずかしい話だが、息子のことだ。幼き頃に剣術の才能を開花させ、今や大人の騎士と同等の実力を持っている。同世代で渡り合えるのはジグリッド殿下だけだろう」
「いいことなんじゃないかしら?」
「冒険者として生きるなら、今のままでもいい。だが、騎士として生きるなら、致命的なものがある。あいつは愛国心や忠義心というものを持っておらんのだ」
なるほどね。剣術大会でジグリッド王子に負けた後、グレンが男泣きをするのだけれど……、そういうことだったのね。
民を守るために剣を振るうジグリッド王子に諭されたんだわ。自分の剣の軽さを知り、守るべきものが何かを考え始め、本物の騎士として生まれ変わる。
その対象がルビアであり、命を懸けて守りたいと思い始めるのね。
じゃあ、そっちは問題なさ……ん?
「ジグリッド王子、剣術大会を辞退したと言ってませんでしたか?」
「そのようだな。あいつの目を覚まさせてくれる存在はジグリッド殿下しかいないと思っていたが、仕方あるまい。魔法の才にも溢れているため、今は騎士団の魔術師とのトレーニングに精を入れておる」
………。
ジグリッド王子を焦らせているのは、治療師として活躍する私の影響よね。クロエの行動でジグリッド王子の行動が変わったのなら、これはマズいことにならないかしら。
もしかして、私のせいでグレンとライルードさんが不幸になろうとしている?
ちょっと待ちなさいよ! そんなの予想できるわけがないじゃない!
このままだと、ルビアとグレンが結びつくルートも消滅するし、未練を残したままライルードさんが死ぬなんて、後味が悪すぎる。私のせいなんだし、何とかしないと!
うわあああ! と急激に頭をかきむしる私はいま、完全に黒田になっているだろう。唐突な行動に王妃様もライルードさんも目を丸くするなか、黒田の考えはいつものアレに到達する。
これは、千載一遇の当て馬チャンスでもあるかもしれない、と。
剣術大会の決勝で私がグレンに勝てば、略奪愛システムが起動して、ルビアとグレンが急速に結びつく可能性が高い。ライルードさんの未練もなくなり、一石二鳥だ。
普通だったら、そんな無茶苦茶なことはできないだろう。しかし、黒田は小学校から剣道を学び、全国大会の秘密兵器として期待された過去がある。
公式戦の出場経験、ゼロ。小学校から誰にも補欠要員の座を譲らなかった私は秘密兵器と呼ばれ、秘密のままで生涯を終えた。
一応補足するが、うるさい奴を適当に秘密兵器とか言って黙らせる、などというちっぽけな理由ではない。……たぶん、いや、絶対に。うん、あの、信じてる。
よって、異世界転生した今こそ、秘密兵器という殻を破るときではないだろうか。
「じゃあ、私が彼の目を覚まさせてあげるわ。貴族令嬢に剣術大会で負ければ、さすがに目が覚めるんじゃないかしら」




