第46話:黒田、冷静に分析する
休日を迎えた昼下がりの午後、珍しく馬車を手配してくれたジグリッド王子と共に、王妃様のお茶会へと向かった。
ジグリッド王子を狙っているわけではないけれど、推しと二人きりで馬車移動なんて、夢がある。恋愛に発展することは望んでいなくて、勝手に期待してしまうほど、黒田は単純な女だ。
朝から「アーアー」と喉のチェックをして、派手過ぎないお化粧と清楚な服装で身を包み、珍しくお嬢様っぽいと自負している。普段は学園の制服を着用しているだけに、印象はガラッと変わっただろう。
準備万端で挑んだ以上、二人きりの車内はとても華やかな雰囲気に――。
「………」
「………」
なるはずだった。が、なぜか沈黙が続いている。
いつも話しかけてくれるのに、今日のジグリッド王子は変ね。窓の外を眺めるばかりで、全然褒めてくれないわ。どうしてチラ見ばかりするのかしら。
もちろん私は、褒めてくれないと嫌だ、という面倒くさい女の子ではない。ただ、それは貴族のマナーみたいなものであって、普通は褒めてくれる世界なのだ。
それだけに……私に興味がなさすぎるんだと思うわ。しっかりとルビアだけ見てくれていたら、全然いいのだけれど。
王城に到着した後、ぎこちなく歩くジグリッド王子の後ろをついていくと、原作でも入ったことがない部屋に案内された。
騎士が二人で警備している場所であり、中は広々と落ち着いていて、生活感がある。ここに王妃様とメイドだけしかいないため、王妃様の部屋だと推測する。
どうしてこうなったのかしら。クロエ、王妃様に好かれすぎじゃない? こんな場所でお茶会するなんて、身内以外あり得ないことよ。
「いらっしゃい、クロエちゃん。こちらにおかけになって」
「失礼いたします」
椅子に腰を掛ける王妃様が前の席に座るように指示してくれたので、私はそこまで歩き、腰を下ろす。
目の前のテーブルには、バラのテーブルクロスが敷かれていて、小さな花瓶にもバラが飾られていた。ジグリッド王子は王妃様の横に腰を下ろしたので、王族二人に見つめられるという展開が生まれてしまう。
お茶会のスイーツ目当ての黒田にとっては、非常にプレッシャーがかかる光景だった。
まるで三者面談みたいな雰囲気であり、通知表が出てきそうで落ち着かない。いや、絶対に出てこないが。
「本日はお招きいただきありがとうござ――」
「あら、私との約束は忘れたのかしら?」
王妃様が言いたいのは、前のお茶会で過ごしたときのことだろう。周りに人がいないときは口調を崩す、と言ったので、気軽に接してもらいたいみたいだ。
おそらく、好きな女の子を甘やかしたいから、距離を縮めたいに違いない。
「もしかして、気軽に話ができるようにこちらの部屋に通されたんですか? お茶会する場所ではないと思うんですが」
「半分はそういう形ね。でも、聞かれたくない大事な話もあるのよ」
こちらはそういうノリで来ていませんよ。お腹に余裕を持たせることしか考えていませんでしたので。
もしかして、お茶会というのもフェイクなのかしら。アップルパイとかケーキがないと、黒田の集中力が持たないのだけれど。
「心配しないで。ちゃんとお茶会の準備もしてあるわ」
「いえ、そこは気にしておりません」
などと貴族らしい雰囲気を出しているが、内心は大はしゃぎである。
ご褒美という名のスイーツがあり、内なる黒田が邪魔しないのであれば、どんな話でも真剣に聞くわ。
だって私は、完璧なクロエなのだから。
……今日のスイーツは何かしら。
頭がスイーツで埋め尽くされることがバレているのか、王妃様は軽く咳払いをした。
「あまり怖がらせるつもりないのだけれど、まだクロエちゃんは命を狙われているかもしれないの」
待ってください。急にとても怖い話になりましたね。お茶会の準備の次に気になりますよ。
いや、またアルヴィに迷惑をかけられないから、そんなことを言っている場合ではない。
「やっぱり私が狙われていたんですね」
「……驚かないのね」
あまり思い出したくない記憶ではあるものの、大事な話が暗殺者に関係するなら、さすがに黒田も真剣にならなければならなかった。
「アルヴィが刺されたときに、しくったか、と暗殺者が言っていました。アルヴィが狙われていたのであれば、そんなことは言わないはずです。私に刃物が向けられていましたし、強い殺意も感じました」
「そこまでハッキリとしていたのなら、確実ね。こんなことが起こらないと思い込んでいて、完全に見誤っていたわ。力になると言っていたのに、本当にごめんなさい」
「とんでもありません。私がファイヤーリザードの一件で活躍した影響が大きいのでしょう。良くも悪くも噂になった影響が出たんだと思います」
原作では、あの場所で聖魔法の力が覚醒したルビアが狙われ、アルヴィが守っていたことがわかった。あのとき、ルビアは回復魔法を使って注目を集めたにもかかわらず、暗殺者が私を標的にしていたのは、それだけ敵視していたにすぎない。
これはオリジナルルートを通った弊害であって、私が向き合わなければならないことだ。
「冷静に分析しているのね。騎士団が暗殺者を無事に捕らえたのだけれど、何も話そうとしないから、こちらも対処の仕方に困っていたのよ」
「考えられる範囲で考えただけです。いくら活躍したとはいえ、どうして命を狙われたのかについては見当がつきません」
「それは考えても無駄ね。今回は異端教徒が関わっているから」
「異端教徒……ですか?」
初めて聞く単語に私は首を傾げる。
「聖魔法の回復魔法は効果が高すぎるのよ。死にゆく人まで助けることは、神の真似事だと思う人もいるみたいなの。死という救済を邪魔するなんて……という感じね」
なるほど。どこの世界にもそんな人はいるのね。ただの乙女ゲーだと思っていただけに、そんな裏設定があるとは思わなかったわ。
「とはいっても、すでに組織の中枢は叩いてあるし、壊滅状態よ。今回はその残党が街に入り込んだみたいで、偶然狙われたと考えるべきね」
油断できないことは事実だけれど、いつまでも私がピリピリしていても仕方がない。原作でも暗殺者らしき人物が出てきたのは一度だけで、命を狙われることはなかった。
「でも、警戒はした方がいいわ。だから、正式にクロエちゃんに護衛をつけることにしたの」
王妃様がメイドに目を合わせると、部屋を退室していった。
しばらくして戻ってくると、一人の青年を連れて部屋に入ってくる。
騎士団の軽装備に身を包み、細身でもしっかり鍛えられた体は、たくましい。ダークブラウンの髪をウルフカットにして、ムスッとした表情を浮かべているが、機嫌が悪いわけではないと知っている。
なぜなら、彼が三人目の攻略対象であり、私の推しだからである。
「……騎士団所属のグレンだ」
そう、みんな大好きな年上の寡黙騎士グレンであった。




