第43話:黒田、推しを卒業する
アルヴィに慰めてもらった私は非常に単純なもので、学園に向かう準備している。
部屋の外でアルヴィを待たせているし、学園の授業に間に合わせるには、入念に準備している暇はない。
ボサボサの髪をゴムで結び、手早く制服に着替え、泣きまくって腫れた目をメガネで誤魔化す。
「推しが迎えに来てくれているのに、これでいいのかしら……」
鏡に映った自分を見てみると、シャキッとしたクロエではなく、どちらかといえば、黒田っぽさが滲み出ているような気がした。
いや、日本にいた頃の黒田は、こんなに可愛くはないのだけれど。
「それにしても、黒田の存在に気づかれているなんて」
もちろん、黒田がクロエの精神を乗っ取ったわけではない。前世の記憶を思い出しただけで、私がクロエであり、黒田でもある。
でも、黒田のことが好きだと言われたら……、外見を褒めてもらっているのではなく、中身を見て褒めてもらっている気がして、ついつい頬が緩んでしまう。
一つ気になることがあるとしたら、LOVEではなくLIKEかもしれないこと。
治療師の仕事を終えた後、私に憧れを抱いてくれていたから、恋愛的な意味で好きになったとは限らない。そのため、絶対に浮かれてはならないと思うのだが……。
こういうときに恋愛経験がないと、どうしていいのかわからないわ。恋の沼に溺れてしまいそうなんだもの。
アルヴィのことで頭をいっぱいにしながら身支度を整え終えると、私は部屋の扉を開けた。すると、ニコッと爽やかな笑顔で迎えてくれる。
「早く行きましょう。授業が始まってしまいます」
そう言って手を差し出してくれたので、私はぎこちない動きで手を重ねる。
やっぱりアルヴィも貴族の男の子ね。女性のエスコートの仕方を知っているなんて、黒田のハートが爆発寸前だわ。
だって、推しと手を繋いで登校するなんて、ザ・青春なんだもん。
緊張で何も言えなくなってしまった私は、天国に行くのかと思うほど体が軽い。背中に生えた羽でバサバサと飛んで、アルヴィの手の温もりで幸せを感じている。
数分前まで、喉にウシガエルを飼っていた女と同一人物と思えないわ。命を助けてくれてだけでなく、心まで癒してくれるなんて……。
おまけに、好きだって……キャーッ!
溢れんばかりの思いで寮を出ると、何食わぬ顔で立っているルビアがいて……。えっ? ルビア?
絶対に見られてはいけない人に、非常にマズいところを見られてしまったため、私は急いでアルヴィの手を離す。
幸せの絶頂から地獄へと――。
「やっぱりアルヴィくんに任せてよかったみたいだね」
あれ? 大丈夫なのかしら? アルヴィと手を繋いでいるところを見られたら、略奪愛システムが起動するはずなんだけれど。
そもそも、アルヴィを部屋に送り込んだのがルビアなのよね。略奪するためにしても、ちょっと変な気がするわ。
何を考えているのだろうか、とルビアの顔色をうかがっていると、キョトンッとした顔になった。
「ん? どうかした?」
「いや、その、どうしてアルヴィにお願いしたのかわからないのよ。ほらっ、ルビアは……ね? そういう感じじゃない?」
本人を前にして、アルヴィを狙っているなんて言えるわけがなく、私はゴニョゴニョッと誤魔化した。
「あぁー、たぶん、お姉ちゃんは勘違いしてるよね。私はアルヴィくんのこと、恋愛対象として見てないよ? 仲の良い友達だもんね」
「そうですね。互いに次男と次女で意気投合した形でしょうか」
現実が理解できない領域に達しているため、私はルビアの手を引っ張り、アルヴィに背を向けた。
「どういうこと? アルヴィのこと、好きじゃないの?」
いろんな意味で今後の人生に左右するほど大事なことなので、アルヴィに聞かれないように小声である。
「人としては好きだけど、恋愛対象にはならないよね。やっぱり次男と次女って性格が似るみたいで、控え目なところが自分と同じように見えて、異性として見れないかなーって」
「恥ずかしそうに交換日記をしてた人が言う台詞じゃないわ」
「だって、おへそ見られたの恥ずかしかったんだもん」
「いや、普通はああいう形から恋愛に発展するのよ。勉強会のときも良い雰囲気だったわよね」
「全然違うよ。あれはアルヴィくんとお姉ちゃんをくっつけようと、私が考えたアイデアだったの。二人だけで勉強したら、うまくいくかなーって思って」
いやいやいや、ルビアさん? 略奪愛属性はどうされましたか? 抜け道でもあるまいし……、えっ? 抜け道があったの?
「お姉ちゃんこそ、アルヴィくんとどうなったの? キ、キスとかした?」
「な、な、何を言ってるの! 急に話が飛躍し過ぎよ!」
「またまた~、そんなこと言ってー。双子なんだし、ずっと好きだったことくらい知ってるよ?」
「ちょっと! 聞こえるじゃないの! それに好きじゃなくて、推しだったの。そこは間違えないでほしいわ」
「また変なことを言ってる。その推しのシステムが私にはよくわからないんだよね」
こっちはルビアの略奪愛システムがわからないわよ。
「推しは推しよ。でも、今日からは友達になるわ」
「えっ? 付き合わないの?」
「何を言ってるのよ! 推しの恋人になったら、普通の人間は死ぬの! 友達でもハードルが高いというのに、とんでもない爆弾を放り込まないでちょうだい」
「お姉ちゃんって……すごい恋愛音痴だったんだね。アルヴィくん、可哀想」
一番可哀想なのは、たぶん私よ。ルビアの略奪愛が怖くて、友達になることも不安なんだもの。
「仕方がない。私が一肌脱いであげるとしようかな」
そう言ったルビアは、突然ダッシュで走り去っていった。
何のことかわからないと思っていると、キーンコーンカーンコーンと予鈴が聞こえてくる。
「急ぎましょう。このままだと遅刻します」
不意にアルヴィに手を奪われた私は、置いていかれないように足を動かした。
推しと手を繋いで登校できる……いえ、アルヴィと手を繋いで登校できるなんて、とても幸せなことね。と、頭の中をお花畑に染めて、学園へと向かっていくのだった。
これにて、第一部が終わりになります。
第二部は、新しい攻略対象のグレンが登場し、クロエとアルヴィとの距離が縮まり、黒田が食事します。
そして、すれ違うジグリッド王子にルビアの魔の手(?)が……という感じです。
現在、細かい設定面を見直しているので、早ければ明日、遅くても来週までには再開したいと思います。
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