第39話:黒田、チョロインだと発覚する
ケーキを食べ終えて会計を済ませると、私がショーケースに入っているケーキを眺めているからか、ジグリッド王子に肩を叩かれる。
「本当にケーキを買っていかなくても大丈夫か?」
鼻にマロンクリームをつけた影響により、今日は随分と子供扱いされている。
ジグリッド王子の提案は、黒田として喜ばしいことではあるものの、クロエとして納得するわけにはいかなかった。
「必要ないわ。私を何だと思っているのかしら。失礼しちゃうわね」
ツンツンとした態度を取り、私はショーケースに背を向ける。
何といっても、糖分をたっぷり摂取した黒田は我慢ができる偉い子なのだ。次回来たときに何を食べようか考えていただけであって、おねだりしようとは思っていない。
……本当は買ってもらいたくて仕方がないし、ポーラと一緒にケーキを食べたいとは思っている。
しかし、ケーキで好感度が上がるゲームみたいなチョロインの黒田は、ここで折れるわけにはいかなかった。
まあ、ジグリッド王子もからかっているだけであり、本当に買ってくれるはずが――。
「すまない。ショートケーキを三つもらってもいいだろうか」
「はい、かしこまりました」
ええ……。買ってくれるの……? しかも、私とルビアとポーラの分まで考えてくれるなんて……、好き。
いやいやいや、さすがにチョロインすぎるわ。公爵家の長女だし、ケーキを買うお金くらいは持っているもの。
ただ、自分で買おうとすると黒田がアクセルを踏み込み、暴走する恐れがあるから我慢してるのに。
何とも言えない心境になった私は、ジグリッド王子がケーキの入った箱を差し出してくれるが、ムスッとした表情を返す。
「私、そんなにケーキを食べたそうな顔をしていたかしら」
「いや、必要なさそうだったよ。これはただの勉強を教えてもらった礼だ」
「……そう。それなら仕方ないわね。受け取っておくわ」
お礼を断るのは失礼だと思い、ジグリッド王子からケーキの入った箱を受け取る。
キャー! どうしよう! 推しからケーキをプレゼントしてもらったわ! 嬉しい~~~!! などとは、これっぽっちも思っていない。
「クロエ様、わかりやすいですね……」
「えっ? 嬉しいとか全然思ってないわよ?」
「そういうところがすごくかわ……いえ、何でもありません」
今日は熱があるんじゃないかと思うくらい顔が赤いアルヴィの言葉を聞いて、私は表情筋を引き締める。
いま、すごく変わり者だって言おうとしなかった?
いつの間にか好感度がマイナスになっていたみたいね。少し悲しいけれど、略奪愛システムが働いて、ルビアの好感度に変換されたに違いないわ。
でも、これでよかったのよ。だって、本来はこのケーキイベント、ルビアとアルヴィが二人だけで進行するものだから。
帰り道にルビアの聖魔法を覚醒させる事件が発生するため、通称『聖女の目覚めイベント』と呼ばれているの。
そして、イベント内容を改ざんできると知った私が、初めて意図的に変えようとしているイベントでもあった。
原作通りに進めば、暗殺者の襲撃を受けて、猛毒が塗られたナイフでアルヴィがかすり傷を負い、死の淵を彷徨うことになる。死ぬことはないにしても、推しが苦しむ未来を黙って見守ることなんてできない。
私が聖魔法で治療できたらよかったのだけれど、毒の治療は難易度が高すぎるのよね。
僅かな傷口から侵入した毒は、あっという間に血液循環で全身に回り、至る所で細胞が毒に侵されてしまう。仮に一部の毒を無害化させたとしても、循環した毒がまた侵蝕を繰り返すだけだ。そのため、治療は薬草が優先されていた。
今の私に毒の治療は不可能。でも、毒の刃からアルヴィを守ることくらいはできる。
デラックスモンブランで魔力はバッチリだし、聖魔法はしっかり使えるわ。あまり練習する暇はなかったけれど、簡易的な魔法障壁くらいなら展開できるはずよ。
ショートケーキも買ってもらったんだもん。これは私にしか止められないことだから、頑張らなきゃ。
心の中で静かに闘志を燃やしていると、ルビアがグッと体を伸ばした。
「今日はゆっくり休もうかなー」
チャンスね。ここで二人と別れた方が原作に忠実になり、イベントの発生確率が高まるわ。
今日イベントを発生させなかったら、次はいつ命を狙われるかわからない。最悪、アルヴィが死ぬ未来に変わる可能性だってある。
「私はルベルト先生のところに寄っていくわ。ルビアは先に寮へ帰ってて」
「俺も父上と母上にテストの報告へ行かなければならない。クロエ嬢と一緒に行くよ」
「じゃあ、僕はルビア様と一緒に寮へ戻ろうかな。特に用事もありませんし」
予想通りに物事が進んだので、無事にルビアとアルヴィに別れを告げる。
ケーキを買ってくれたジグリッド王子と一緒にしばらく歩き進めた後、私は何かを探す様な仕草をした。
「ごめんなさい、忘れ物をしてしまったみたいだわ。付き合ってもらうのも悪いし、今日はここで別れましょう」
「いや、クロエ嬢を一人にしておけないよ」
あぁー……素敵! ケーキまで買ってくれたし、私に気があるのかしら。
いや、それは絶対にないわね。完璧な黒田を見せてしまったら、百年の恋も冷める自信があるもの。
「私のせいで国王様たちを待たせる方が悪いわ。この時間なら人通りも多くて危険も少ないし、心配しなくても大丈夫よ」
「……わかった。せめて、今日はアルヴィたちと合流して、寮に帰った方がいい。最近は物騒な噂が流れているんだ」
真剣な表情を浮かべるジグリッド王子を見れば、原作では明かされなかった情報を何か知っているように感じた。
今からその物騒な噂の元凶と直面することになると思うのだけれど、さすがに言えないわね。
「そうね。ルベルト治療院には、また明日顔を出すとするわ。ジグリッド王子も気を付けて」
「心配しないでくれ。見えはしないが、俺には護衛が付いてるよ」
それだけ言うと、ジグリッド王子は王城へ向かって歩いていった。その後ろ姿を見送った後、私は元の道を走っていくのだった。




