第34話:黒田、アルヴィの裏の意図を読む
午前の授業が終わった後、いつも通り屋上でポーラと一緒に昼ごはんをいただく。
ポカポカ太陽に照らされながら食べるのは、ピクニックを思わせるようなサンドウィッチだ。
新鮮な野菜がたっぷり挟んであるフレッシュサンドや、ボリュームのあるカツサンドも魅力的ではあるものの、最初に手をつけるのはこれしかない。
「やっぱりタマゴサンドよね」
迷うことなく子供が好きそうなものを選んでしまうのは、黒田の舌がお子ちゃまだからである。
初手はタマゴサンド、〆もタマゴサンドというのが黒田流の食べ方なのだ。
あーん、と大きな口でかぶりついた瞬間、珍しく屋上のドアが開く。
モグモグと口を動かしながら、私の昼ごはんを邪魔するなんていい度胸だわ、などと思っていると、やって来た人物に驚愕する。
なんと、アルヴィである。右手に小さなお弁当らしきものを持っているため、屋上で食事しようとやってきたのは、間違いない。
なお、ポーラが私の口元をハンカチでパパパッと拭いてくれたのは、間違いなくファインプレーだ。黒田は一口が大きく、どうしても口の周りにマヨネーズをつけてしまうから。
食事のときにだけ現れる存在、完璧な黒田だった。
「僕もご一緒してよろしいですか?」
「構わないけれど、メイドも同席して大丈夫かしら?」
「大丈夫です。お邪魔している身ですので」
できるメイド、ポーラが予備用のシートとクッションを敷いてあげると、アルヴィはそこに座った。
まさかこんなイベントがあったなんて。私のことが気になっているはずはないし、ルビア狙いの彼がここへ来るとしたら、目的は一つしかない。
「公爵家の方がメイドと親しくされるのは、珍しいですね。学園では見かけませんが、ルビア様とも仲がよろしいのですか?」
やはりルビアの情報狙い!
予想以上に交換日記作戦が効いているのね。もっとルビアのことが知りたくて堪らないんだわ。
だから、姉の私に聞きに来たのよ。ルビアにしつこく聞いて、嫌われたくないと思ったのね。
「学生寮では、主にルビアの面倒を見てもらっているわ。私がポーラと話すのは、ほとんどこの時間だけよ」
「クロエ様は自分で何もかもされてしまいそうですからね」
正直、学業と治療師の仕事をしているため、何も自分でやっていない。部屋の掃除やら洗濯やらは、すべて授業中にポーラがやってくれている。
「時間があれば、自分でもやるわ。さすがに忙しい時は無理よ」
黒田は間違いなくサボるけれど、それはそれ、これはこれよ。今は完璧なクロエのイメージを崩させないことが大切ね。
こういった思いをアルヴィが持っているのなら、当て馬作戦がうまくいっている証拠だから。
「お忙しいのに大変ですね。ルビア様も治療師の仕事をされ始めたそうですが、授業中はウトウトされていて心配になります」
あらあら、どうしてルビアの前の席に座るあなたがそんなことを知っているのかしら。気になる存在です、って言っているようなものよ。
……まあ、ルビアがテスト範囲を間違えた理由はわかったわ。あの子、頬杖をついて何かを考えていると思っていたのだけれど、寝てたのね。
「ルビアのことを心配してくださる気持ちは嬉しいわ。でも、アルヴィ様は大丈夫かしら。もっと授業に集中されているものだと思っていたわ」
「そのつもりですが、最近はついつい気になって、後ろを振り向いてしまいますね」
はい! お惚気回答をいただきましたー!
これはもう、脈がアリアリのアリですね! その証拠に、顔がめちゃくちゃ赤くなっているわ!
「ク、クロエ様は……授業に集中されていますよね」
私は一番後ろの席だし、ルビアの顔色を確認したときに一緒に見えているのね。
決して、私狙いで見ていたわけではないわ。いくら恋愛音痴でも、さすがにそれくらいは理解するわよ。
「そうね。私は勉強が嫌いなわけじゃないの。とても楽しく授業を聞いているわ」
だって、マニアには堪らない環境なんだもの! 歴史の先生と語り合いたいくらい授業が大好きよ!
「さすがですね。あ、あの……も、もしよろしければ、勉強を教えていただくこととか、できませんか……?」
とても恥ずかしそうに勉強のお誘いをしてくるアルヴィを見て、黒田の胸にクリティカルヒットが叩き込まれる。
アルヴィスマイルならぬ、恥じらいアルヴィなのだ。
しかし、完璧なクロエと覚醒している私は表情を崩さない。すぐにアルヴィの裏の意図を考察し、キラーンッと目を光らせる。
はっはーん、これも狙いはルビアね。やっぱり草食系男子とあって、直接本人を勉強に誘えないのよ。
クロエを誘えばルビアも一緒に来るとわかっているため、まだ声をかけやすい私を誘った、ということね。
まあ、交換日記でルビアを直接誘った方が楽だと思うけれど……、こういうイベントがあったのであれば、不思議ではないわ。
「休日なら構わないわ。ルビアも一緒になると思うけれど」
「ほ、本当ですか!? よ、よかった……」
二人が恋の方程式を解く姿が楽しみね、と思いながら、私は再びサンドウィッチを食べ始めるのだった。




