第32話:黒田、ルビアを心配する
「それで、今日は妹くんを連れてどうしたのかな」
赤ちゃんを抱いた女性を見送った後、わざとらしくルベルト先生が私に尋ねてきた。
ルビアがここに来た理由くらい、言わなくてもわかっているだろう。ただ、大事なことはちゃんとこちらから言うべきでもある。
「妹のルビアも一緒に、ここで――」
「治療師として働かせてください」
「そうそう、治療師としてね。……いや、見習いはどうしたのよ」
突然、ルビアが路線変更をするという、黒田みたいなことを言い始めた。
治療院に贈られてきた花と、旦那さんを助けられた女性の話を聞いて、思うところがあったのだろう。同じ聖魔法を使えるルビアにだって、私と同じくらい人を助ける力がある。
いえ、魔力量の多いルビアの方が活躍するはず。だって、後に聖女となるのはルビアだから。
でも、さすがに待ったをかけなければならない。ルビアには期待しているけれど、姉として、同じ険しい道は歩かせたくはなかった。
「まだルビアには早いわ。やめておきなさい。絶対に治療師見習いからやるべきよ。経験者の私が言うんだもの、間違いないわ」
「さすがクロエくんだ。何度も失神した人は言葉の重みが違うね」
「余計なことは言わずに、黙っていてください」
ひとまず、敵か味方かわからないルベルト先生を叱責する。
こんな大事な場面で余計なことは言わないでほしい。こっちは大事な妹の人生がかかっているのよ。
「お姉ちゃんができたなら、私にもできると思うの。そうしたら、もっと多くの人を助けられるし、笑って過ごせる人が増えるかもしれないから」
やっぱりさっきの女性の影響を受けているんだわ。治療師としての良い部分だけを見て、都合の良い解釈をしている気がする。
幸いなことに、私は昨日来た重傷者を全員助けることができた。でも、運ばれてくるのが遅かったり、回復魔法の精度が悪かったり、魔力配分を間違えていたりすれば、同じ結果は生まれていない。
目の前で誰かが死んでいたかもしれないのだ。
厳しい現実に向かい合っていた私は、それをよく理解している。今ならルベルト先生の言うように、治療師見習いからスタートさせてあげたい。
さすがに悪ふざけはできないと悟ったのか、険しい表情をしたルベルト先生はルビアと向かい合った。
「心構えは立派だが、昨日は腰が抜けて立てないような状態だっただろう? 僕も治療師見習いから始めることを強く勧めよう」
「お願いします。治療師から始めさせてください」
いったいどこの黒田に似てしまったのか。ルビアが言うことを聞きそうにない。
でも、こればかりは無理があるわ。言ってやんなさいよ、ルベルト先生。
「さすがに双子姉妹とあって、言うことを聞いてくれそうにないね。だから、クロエくん。妹くんの面倒をよろしくね」
「……え? ちょ、ちょっと待ってください。私のときは国の許可がいるとかなんとか言ってましたよね?」
「いやー、クロエくんが大活躍をした以上、国が動かないはずがないでしょう。すでに僕の方に受け入れ要請が来ていてね、本人のやる気次第では治療師になることが認められているんだ」
何よ、その突然のローカルルール。何も聞いてないわよ。
「じゃあ、私も治療師になれるの?」
「もうすでに白衣も用意してあるよ。今日からでも明日からでも始めるといい」
安堵して胸を下ろすルビアと違い、私は真剣な顔でルビアと向かい合う。
こういうときだけ頑固にならないでほしいわ。当て馬になるだけで治療師になった私が言うことではないけれど。
「ルビア、本当に大丈夫なの? 昨日ほど重傷者は頻繁に来ないけれど、最初はかなり心がえぐられるわよ?」
「大丈夫。お姉ちゃんがいるもん」
「お風呂もトイレも寝るのも、一人でできるのね?」
「……大丈夫。お姉ちゃんがいるもん」
「せめて、寝る前にトイレは済ませてちょうだい。夜中のトイレに付き合うのは絶対に嫌よ」
これはとても大事なことである。授業中に睡魔に襲われるクロエなんて、イメージが崩壊するマイナス案件に繋がってしまう。
それだけは絶対に避けなければならない。ただでさえ、今日の授業は集中できなかったんだもの。
ルベルト先生は呑気なもので、私たちの会話でお腹を抱えて笑っているが。
「ハハハ、仲が良くて何よりだ。しかし、僕からも一点だけ条件をつけよう。もちろん、これはクロエくんもだ」
突然、なぜか私まで巻き込まれることになったので、ルビアと一緒に首を傾げた。
「学業と両立するために、テストで良い点を取ること。もう少ししたら、テスト期間に入るんじゃないのかい?」




