第30話:黒田、ルビアに悩む
学園が終わると、今日はルビアと一緒にルベルト治療院へ向かっていた。
「治療師見習い、本当にやる気なの?」
「うん。もう決めたことだから」
どことなく決意した雰囲気のあるルビアを見ると、まだやめておきなさい、と下手に言えなくなってしまう。
原作では、もう少し後にルビアが治療師見習いを始めるのだが、すでにクロエが治療師として活動している影響か、時期が早まったみたいだ。
悪いことではないし、ルビアには大きく成長してもらわなければならない。完璧なクロエを乗り越えた先に、ルビアの逆ハールートが存在するはずだから。
予想以上に天然だし、さすがに心配ではあるけれど。
「昨日みたいな重傷者は少なくても、治療師の仕事は過酷よ。見習いだったとしても、かなりメンタルがやられるわ」
「そういえば、学園が始まったばかりのとき、お姉ちゃんも沈んでたことあったもんね」
「忘れなさいよ。恥ずかしいだけじゃない」
素っ気なく言い返すものの、悪い思い出ばかりではない。
ルビアとケーキを食べに行ったし、間近でアルヴィスマイルを見れたし、治療という名目でジグリッド王子とも話せた。
オリジナルルートを歩んでいる影響か、なんだかんだで恵まれているのよね。
でも、懸念する材料はある。最近のルビアの感情が理解できず、今後のイベントに支障が出るかもしれない。
何度もゲームをやり込んだのに、ルビアの気持ちがわからないなんておかしいわ。たとえオリジナルルートを進んだとしても、ルビアの感情が手に取るようにわかって普通なのよ。
「一つだけ聞いてもいいかしら?」
「ん? どうしたの?」
「私が治療師として活動を始めたと知ったのに、どうしてすんなりと受け入れたの? ルビアの性格からして、怒ると思っていたのだけれど」
アルヴィイベントの後、クロエとルビアが喧嘩するのは、必ずセットで起こっていた。しかし、現実ではルビアと喧嘩するどころか、溺愛されてしまったわけで……。
「うーん、難しい質問だね。だって、私が怒る要素は一つもないから」
「どういうこと? ルビアに内緒で始めたのよ」
「双子でも内緒の一つや二つはあるよ。学業との両立は勇気のいる選択だと思うし、誰かのために頑張っているお姉ちゃんの姿を見て、怒る気分にはならないかな」
もっともらしいことを言うけれど、原作のルビアの感情と一致しないわ。仲の良い双子姉妹の関係に亀裂が入るはずなのに。
もしかして……。
「じゃあ、治療室で出会ったとき、私が治療師見習いでルベルト先生の補佐をしていたら、どう思う?」
「それは……ちょっと嫉妬しちゃうかも。私がお姉ちゃんと一緒に何かをする時間が減ってるのに、先生は増えるんでしょ? その場面だけ見たら、お姉ちゃんを取られたみたいに思うもん」
なるほどね、理解したわ。ルベルト先生に姉を奪われたと感じて、クロエと喧嘩していたのね。ルベルト先生を責められないだけに、行き場のない怒りをクロエにぶつけるしかなかったのよ。
さすが略奪愛属性を持つルビアだわ。恋愛感情のない人にまで嫉妬して、暴走してしまうなんて。
「さすがに姉離れをした方がいいわよ。私は別に構わないけれど、ルビアが困ると思うわ」
「今までお姉ちゃんにくっついて過ごしてきたんだよ? 学園に通い始めたからって、急に離れる方がおかしくなるよ」
「……それは一理あるわね」
説得されるわけにはいかないのだけれど、ルビアの言い分には納得できる。
常にクロエと一緒にいなさい、という教育を受けてきたにもかかわらず、いきなり離れなさい、は受け入れられないのだ。
無理に離れようとしてストレスがかかれば、精神が不安定になって暴走しやすくなるし、いけないとわかっている行為にも手を出しやすくなるかもしれない。
その代表が略奪愛だったのかしら。まあ、考えてもわからないわね。
「でもね、少しずつ自覚は出てきたの。子供の頃は仲が良い姉妹だと褒められたのに、大人に近づくと変に思われるなんて、おかしいと思うのになー……」
これまた正しそうなことを言うルビアに、私は反論することができなかった。
だって、その通りなんだもの。
「無理に距離を取る必要はないけれど、自立はしなさい。私もルビアがいないと物足りない気持ちはあるわ」
実際に、私が気軽に話せる人はルビアとポーラしかいない。一緒に過ごす時間は誰よりも長く、略奪愛さえなければ、気を使わなくてもいい大切な妹なのだ。
「えへへ、私の方が物足りないと思う自信があるよ」
「張り合うところじゃないわよ」
いつもの姉妹らしさが出てくる頃、ルベルト治療院に到着する。が、その光景は異様だった。
「お姉ちゃん、確かここだよね?」
「そうね。場所的には間違いなくここよ」
明らかに場所は合っているのだが、なぜか入り口にすごい量の花が飾られている。冠婚葬祭で贈るような立派な花で、数は三十基ほどあるだろうか。
「お祝いパーティーでもやっているのかしら」
「お祝いパーティーでもやってるのかな」
双子らしく思いをシンクロさせた後、私たちは首を傾げながら、ルベルト治療院へと入っていくのだった。




