第23話:黒田、パーフェクトクロエになる
翌日、ポーラにルビアを連れ出してもらったため、私の眠りを妨げる者がいなくなり、昼過ぎに起床した。
「寝坊しても誰かの評価が下がらないなんて、最高ね。寝すぎて逆に眠たいくらいだわ」
ノソノソとベッドから這い出て、ポーラが作ってくれたお弁当を食べた後、身支度を整える。
最高の当て馬になるためにも、今日だけは何が何でも完璧なクロエで過ごさなければならない。
落ち着けば大丈夫。絶対にアルヴィイベントを成功させて、逆ハールートの道を切り開きましょう!
改めて私が決意したとき、部屋のドアがコンコンッとノックされ、一人の女性が入ってくる。
いつもルベルト治療院で受付をしている女性、マリーちゃんだ。心では気兼ねなくマリーちゃんと呼んでいるけれど、アラサーの黒田よりも年上であり、ルベルト先生の奥さんでもある。
わざわざマリーちゃんが私の部屋を訪ねてくる理由は、たった一つ。王都はいま、大規模な魔物の襲撃を受けているのだ。
「ルベルト先生より言伝を預かってきたの。少しお時間をいただいてもよろしいかしら?」
「街が騒がしくなってきましたし、だいたい察しはついています。応援要請ですよね」
「ええ。ファイヤーリザードの群れが現れたみたいで、討伐に向かった騎士と冒険者が大勢怪我を負っているの。どこの治療院も大忙しで、パンクする前に来てもらった方がいいって」
「わかりました。すぐに向かいます」
「ごめんなさいね。せっかくの休日なのに、迷惑をかけてしまって」
「いえ、ルベルト先生とマリー先生が悪いわけではありません。ルベルト先生が一言多くて、治療師見習いが減ったことで忙しい可能性はありますが」
「あら、そういうところが子供らしくて可愛いのよ」
非常事態ではあるものの、軽い雑談を話すくらい心に余裕を持ちながら、マリーちゃんとルベルト治療院へ向かった。
緊迫した街の雰囲気に混じって進み、治療院に到着すると、裏口から入って着替えを済ませる。
何といっても、アルヴィイベントの舞台となるのは、このルベルト治療院だ。患者が落ち着いてくるまで二人はやって来ないから、それまでは一人の治療師として、修羅場を潜り抜けなければならない。
後にトリスタン王国の歴史に名を残すほどの天災であり、今回の魔物の襲撃は大惨事になる。重傷者・死者ともに多く、王都の防壁の一部が決壊してしまうのだ。
それが、狂乱したファイヤーリザードの襲撃事件であり、いま現実に起こっている。
原作と唯一違うのは、治療師見習いのクロエではなく、治療師のクロエが存在することだけ。
バッチリ睡眠時間を取ったおかげで、魔力は良い感じね。これなら何とか乗り越えられると思うわ。
聖女になるつもりはなんてないけれど、助けられる人を死なせるわけにはいかない。今日はそういうレベルの患者さんが運ばれてくるんだ。しっかりしなきゃ。
魔法とはいえ、いまは医療に携わる人間なんだから。
両手でパンパンッと頬を叩いて気合いを入れると、まずは指示をもらうために、ルベルト先生の補佐に入った。
大粒の汗をかいて回復魔法をかけ、ホッと安堵して肩の力を抜く姿を見れば、どれほど厳しい状況か伝わってくるだろう。
治療を受ける冒険者も、タオルを噛み締めて痛みをこらえている。
「すまないね、クロエくん。せっかくの休日に呼び出してしまって」
「いえ、大丈夫です。予想以上に緊迫した雰囲気で、戸惑いを隠せませんが」
本来、治療師を補佐するはずの治療師見習いが、このルベルト治療院にはいない。そのため、ルベルト先生と患者の負担は大きくなり、必要以上に緊張感が生まれている。
「正直、断られたらどうしようかと思っていたよ。クロエくんが来る前提で魔力配分を考えていたから、治療スピードを上げていたんだ」
「それでも怪我人は十分に多いですし、まだ増え続けそうな印象を受けますね」
「冒険者の話では、まだまだ戦闘は続くみたいだよ。これから重傷者が来る可能性は高いし、他の治療院がパンクしたら、こっちになだれ込んでくる。油断は禁物だ」
「そう思うのなら、魔力の使い過ぎには注意してください。私が来なかったら、どうするつもりだったんですか?」
「おや、僕も説教される身になるとはね」
冗談を言うほどの余裕があるため、ルベルト先生は問題ないだろう。少し休めば、回復魔法を使える程度には回復するはず。
でも、しばらくルベルト先生を頼ることはできないし、戦力として期待されている以上、私が頑張らないといけない。
歴史に残る大事件を変えるほどの力はなかったとしても、目の前の人たちを救うだけの力はある。
怖いものなんて何もない。ただひたすら、目の前の怪我を治療し続けるだけでいい。
今日の私は、沈着冷静な完璧なクロエなのだから。
「今日は色んな意味で気合いが入っていますので、次の患者さんから代わります。魔力量だけ互いに把握して、ペースを上げましょう」
一人の治療師として、やれるだけのことはやってやるわ。




