第18話:黒田、チョコレートマウンテンスペシャルを食す
ルビアの恋愛話で花を咲かせていると、コンコンッと部屋をノックして、店員さんがワゴンを押して入ってきた。
「こちら、チョコレートマウンテンスペシャルとコーヒーになります」
そう言いながらテーブルの上に並べてくれた光景を見て、内なる黒田が心の中で喜びの舞を披露する。
甘さ控えめのブラックチョコレートとココアクリームを使って、荒れた黒い山を表現した黒いケーキと、ホワイトチョコと生クリームをベースに作られた、雪山を表現した白いケーキ。
それぞれ上から削ったチョコレートがふりかけられ、全然違った山を表現しているその光景が胸にグッとくる。
ここにコーヒーの香りが合わさると……、もうダメね。食べなくてもおいしいとわかるんだもの。
どうしよう、実物で見ると思っていたよりも大きいわ。一人で食べられるかしら。
いや、そんなことを思っておきながら、ぺろりと食べちゃうですけれども。
まったく我慢できない黒田が前面に出てきているため、フォークを手にした私は、黒いチョコレートの山から手を付ける。
何気ない気持ちでフォークを入れると、ザクザクッとチョコレートを割るような感覚が手から伝わってきた。
黒いチョコレートで荒れ果てた山を演出していると思っていたら、ケーキの中にも仕込んでいたのね。薄いチョコレートを何層にも重ねて、ミルフィーユっぽくしているのよ。
フォークで一口サイズのケーキを作ると、その断面はまるでパイ生地。ココアクリームとチョコレートの色合いがよく、我慢できない私は迷うことなく口へと放り込む。
「いっただっきまーす」
パクッと食べた瞬間、カカオの効いたチョコレートのおいしさが口いっぱいに広がった。
甘くておいしいわ……。ココアクリームの優しい口当たりで甘さを感じたと思ったら、ザクザク食感のブラックチョコが良いアクセントになって、上品な甘さに変換されるの。
甘みと苦みが同時に何度も押し寄せて、カカオのおいしさが強く感じられる。それらが口の中で混ざり合うと、最後はビターな甘さで落ち着き、喉へと流れていった。
このタイミングで飲むコーヒーがまた絶品で、チョコの風味と混ざり合っておいしいのよね。
次に、ホワイトチョコをベースにして作られた白い山にナイフを入れると、前者とは一変して、抵抗なくフォークがスーッと刺さってしまう。
待ちなさいよ。こっちはムースケーキじゃないの。正反対の触感を持ってくるなんて、うぐぐっ、憎い演出をしてくるわね。
期待に胸を膨らませて、白いケーキを口に運ぶと、優しく包み込まれるように体が軽くなるのを感じた。
濃厚だわー……。北海道産の生クリームでも使っているのかしら。深みが全然違うし、ムースケーキだから、口当たりが優しすぎるの。
やられたわね。普通はラズベリーみたいな酸味を足して、飽きないように手を加えてくるはずよ。それなのに、まったく違う二つのチョコレートケーキを作って、飽きさせない演出をしてくるとは、完全に予想外だわ。
このパティシエ、チョコレート好きの心を熟知しているのね。おいしすぎて、だんだん腹が立ってくるもの!
パティシエの腕に嫉妬しながら食べていると、ルビアが顔色をうかがうように私を見てきた。
「お姉ちゃん、変わったよね」
どっきーーーん! としてしまうのは、現在はクロエの要素が失われて、黒田100%だからである。
「そ、そう? いつも通りよ」
「ううん、絶対変わったよ。王城でアップルパイを食べたときもそうだったもん。今までそんなにおいしそうに食べなかったよ」
「偶然ね。自分では何も気づかないわ」
「口の周りにクリームを付けるほど、ケーキを頬張ることもなかったよ」
す、すいません! 本家のクロエさんと違って、がめつい行動を取ってしまいまして!
いくらルビアの前とはいえ、そんな恥ずかしい行動を取っていたのは、素直に反省します。
「もしかして……」
ナプキンでササッと口の周りを綺麗にしていると、ルビアが不審者を見るような眼差しを私に送ってきた。
まさか黒田の存在が気づかれたの!? いや、前世の記憶が蘇っただけで、私は本物のクロエなのだけれど。
でも、そんな説明はできないし、早く誤魔化さないと。
「ルビア、いったん落ち着いて――」
「今まで頑張ってたダイエット、やめたんでしょ?」
……ちょっと待って。その言葉は聞き捨てならないわね。
クロエの過去を振り返っても、ダイエットした記憶はないもの。黒田もダイエットしたことがなく、お腹は大変なことになっていたわ。
せっかく転生という形でスリムボディを手に入れたのに、今さら悪い意味での我が儘ボディに戻るのは嫌よ。
「どうしてそう思ったの?」
「だって、私と違って食べるとすぐ太る体質だから、学園の食事もお弁当なんでしょ? 社交パーティーやお茶会でも我慢してばかりだったのに、王城でアップルパイを全部食べるんだもん。自分で恋愛しないって決めて、ダイエットをやめたんじゃないの?」
完全に知らない裏設定ね。話を聞いても、全然ピンと来ないわ。
いや、毎日ポーラが作ってくれるお弁当がやけにヘルシーだなーとは思ったよ。でも、あれはポーラとの時間を大切にしたいクロエの心遣いだし、パーティーで我慢していたのも、ルビアのことが気になって手につかなかっただけで……。
前世の黒田ではあるまいし、クロエは大丈夫よ。……たぶん。
一応、隠れてお腹周りを触った感じでは、余分な肉はついていないのよね。
もしかしたら、治療師の仕事でかなりのエネルギー消費をしているのかもしれない。今度ルベルト先生に聞いてみよう。
とりあえず、今は――。
「やっぱりルビアに隠し事はできないわね。恋を捨てた私は、もうダイエットする必要がないの。ルビアと一緒にケーキを食べる時間が一番幸せよ」
「お姉ちゃん……」
何よ、この完璧な流れ。自然な流れで恋愛辞退を申告し、ルビアの好感度まで上がっただけでなく、恋愛応援団長に自動就任した形ね。
私が完璧な姉を目指せば目指すほど、幻の逆ハールートが誕生するのは、間違いなさそうだわ!
ふっふふーん♪ と上機嫌になった私は、ひとまずおいしいケーキを食べることにする。
「それでも、私はお姉ちゃんが幸せになってほしい……」
「ん? どうしたの? 何か言った?」
「ううん、何でもないよ。ケーキおいしいね」
「そうね。チョコレートマウンテンスペシャルにして正解だったわ!」
少し浮かない顔をするルビアに疑問を持ちながらも、私はチョコレートケーキを食べ尽くすのだった。
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