~鮮血の噴水職人~
「はぁっ!」「せいっ!」「やぁっ!」
軽快な掛け声と共に、ペコリーナがゴブリンを切り刻んでいる。
というのも、今日はペコリーナとゴブリン狩りに、ゴブリンの集落へ来ているからだ。ペコリーナは狩猟民族の出らしく、魔獣を狩りに行くと言ったらぜひ私も連れて行って欲しいと懇願されたので一緒に連れて行くことにした。
「お姉ちゃん、この剣はすごいな。魔素が流れて、剣に物凄い熱が発生しているのが分かる。」
ペコリーナが持っている剣はプロミネンスソードだ。ペコリーナは武器を持って無かったので、とりあえず町で一番高い武器をプレゼントした。剣はゴブリン達の鎧に触れた瞬間、はんだごてを鉛に押し当てたように溶かし、貫通していた。
「うむ、やっぱり狩りは楽しいなぁ!アハッ!アハハハハッ!」
ペコリーナが尻尾をブンブン振りながら、ゴブリンを切り刻んでいる。ペコリーナの身体能力からすれば、ゴブリンの攻撃をかわし、一方的に切り刻むことは容易なことであった。
ペコリーナがゴブリンを切り刻む度にゴブリンの体が吹き飛び、ゴブリンの体から出てきた真っ赤な血が周囲に散乱した。幾人ものゴブリンの返り血でペコリーナの体はすっかり真っ赤に染まっていた。
「はわわ…ゴブリンも真っ赤な血なんですねぇ…」
頭を吹き飛ばされたゴブリンからは脳みそと目玉が飛び出し、散乱した。腰の辺りから上下に両断されたゴブリンは、上半身だけはしばらく生きているようで、腕だけで地面を少しはい回ってから息絶えた。私は目の前で繰り広げられるグロテスクな光景にドン引きながら、後方でペコリーナを見守っていた。
しばらくすると、巨大なゴブリンが1人、こん棒を持って現れた。
「お姉ちゃん見て!すごくでかいゴブリンが居るよ!うむ、あれはまさしくゴブリンキングであるな!お姉ちゃん、私の勇姿を見ててくれ!」
ペコリーナがゴブリンに颯爽と突撃していく。こん棒の一撃をステップでかわすと、すぐさま片足を踏み込み、片手で長く持った剣を伸ばし、最大のリーチでゴブリンキングの腹部を切りつけた。ゴブリンキングの腹部はパックリと割れ、中から内臓がずり落ちてきた。主に小腸と大腸である。小腸と大腸を体の外にぶら下げながらもゴブリンキングは戦意を失っていないようだった。しかし、同じようにして何度もペコリーナに切り刻まれる度に動きが鈍り、最期は真っ赤な血だまりの中で動かなくなった。
「うむ!うむ!お姉ちゃん、やったよ!」
返り血で真っ赤に染まったペコリーナが尻尾をブンブン振りながら嬉しそうに戻って来た。度重なる戦闘によって、大量のアドレナリンが生成され、それに伴い快楽物質のエンドルフィンも大量に生成されているようだ。
(はわわ…狩猟民族の出というだけあって、普通の人より大量の脳内麻薬が生成されているのかなぁ?)
恍惚とした表情のペコリーナの目は、常軌を逸していた。
「ふぇぇ…よくやったのですぅ…」
私はペコリーナのことが怖かったが、それを悟られないようにお姉ちゃんらしく振る舞うことにした。
「じゃあ、魔石を回収して冒険者ギルドに戻るですぅ…」
―――――――冒険者ギルドにて
ギルドに戻るとミリア氏が出迎えてくれた。私がいつもミリア氏を探して指名するので、彼女はすっかり私の専属の受付嬢のようになっていた。
「いやーさすがリオちゃん達だね。ゴブリンの集落の討伐は不確定要素が多くて危険だから、国の軍隊が動いてもおかしくないレベルだよ。一つのパーティが殲滅したなんて信じられないね。」
「えへへ…運が良かっただけですぅ…」
「じゃあ、討伐報酬と合わせて、2千5百万ゴールドで良いかな?」
「それでお願いしますですぅ…いつもありがとうございますなのですぅ…」
私は荷馬車に積まれた大量の魔石を換金してもらった。なにぶん、魔石の数が多いので売却時にはどんぶり勘定となっていた。相場よりはかなり安くなっているが、これだけ大量の魔石を一度に買い取って貰えるの所は冒険者ギルドだけなので、これからも良好な関係を続けていきたい。
今回の討伐で、私の資産は3憶ゴールドほどになっていた。
「いやー、これだけ強ければ近々王都で開催される闘技大会でも優勝間違い無しだね」
「はわ…?闘技大会なんてあるんですかぁ…」
「そうよ、1年に1回王都で開催されているの。個人部門とパーティ部門があるのよ。個人部門はその名の通り、1人対1人で戦うのよ。相手を殺す以外、武器も魔法もなんでもありよ。」
「一方でパーティ部門は4人以下でパーティを組んで、課題として出された厄介な魔獣を狩るタイムアタックの競技よ。課題として出される魔獣はあらかじめ決められているから、事前に対策を練ることができるわ。こっちは競技性が高くて安全な戦いね。」
「基本的には脳と心臓が残ってれば超高級回復ポーションで、大体治してもらえるわ。莫大な治療費と引き換えにね。でも当然、一撃で殺されることもあるし、死人が多数出てる危険な大会よ。」
「ふぇぇ…そんな闘技大会が存在してたんですねぇ…」
「ちょうど予選が数日後にこの町でも行われるのよ。もし興味があるなら参加してみると良いわ」
「情報ありがとうございますなのですぅ…」
私はミリア氏にお礼を言い、その場を後にした。闘技大会か、面白そうだ。私は闘技大会の予選に参加することにした。
―――――――数日後
「はわわ…人が沢山いるですぅ…」
私は町の中にある大きなイベント会場のような場所へ来ていた。とにかく広い建物である。そこに数十人ほどの参加者と思われる者達と、10名ほどのスタッフと思われる者が集まっていた。その集団へ近づくとスタッフの1人が声を上げて呼びかけていた。
「闘技大会予選の参加者の方は、こちらで参加者登録と参加費の徴収を行っておりますので、登録がまだの方はこちらで市民カードの提示をお願い致します!」
私は案内されるままに市民カードをスタッフに渡し、スタッフが情報を読み取り、参加費と参加者登録を済ませた。そして44という番号が書かれたカードを一枚渡された。また、死亡のリスクがあることへの同意書にサインをさせられた。
しばらくして予定されていた予選開始時刻になるとスタッフの1人が喋り出した。
「えー、では皆さん、時間になりましたので闘技大会の予選を開始させていただきたいと思います!まず、本日はお忙しい中お集りいただきまして、誠にありがとうございます!」
「えー、早速ではありますが、予選の方法をご説明させていただきます!現在68名の参加者様がいらっしゃいますが、予選を通過できるのは10名です!勝ち抜き戦のトーナメント方式で10名以下になるまで戦っていただきます!敗者復活戦がありますので、2回負けたら優勝と考えていただければと思います!」
「ルールは闘技大会本戦と全く同じです!少し離れた距離で2人で向かい合い、始めの合図と共に戦っていただきます!敗北を認める、指定された範囲外へ出る、または、審判が続行不可能と判断したら負けです!トーナメント表はこちらのスタッフの所で確認できます!では番号をお呼び致しますので、呼ばれた方は前へ出て来て下さい!」
番号を呼ばれた2人が前に出る。1人は戦士のような風貌の大柄の者、もう1人は魔法使いのような風貌である。私もペコリーナも魔法を使えなかったので、魔法使いが使う戦闘魔法を生でみるのは初めてである。どのような感じか楽しみである。
「では…始め!」
開始の合図と共に戦士が雄叫びを上げながら魔法使いへ向け走り出した。雄叫びは自身に興奮作用をもたらしアドレナリンを生成して戦闘態勢を取ると共に、相手を威圧して相手の行動を委縮させる効果がある。
一方、魔法使いの方は何やら呪文を唱え野球ボールほどの炎の玉を複数飛ばしている。炎の玉の一つが男に当たると炎が突然大きくなり男を包み込んだ。
男は燃えながらも突進を続け、ある程度まで距離が縮まった所で魔法使いの方が逃げ出し、勝負が決した。
勝った方の男の肌は、炎の影響で全身の皮膚が焼けただれていたが駆け付けたスタッフが何やら瓶を取り出し肌にかけた。どうやら、高級回復ポーションでやけどを治癒しているようだ。
「えーそれでは!第2試合の組み合わせの方の番号をお呼び致します!」
第2試合以降も同じような対戦が続いた。もちろん戦士と魔法使いだけでなく、煙幕や弓、魔銃などの道具を使う者も居た。また、魔法使いは自分の得意な系統が存在するようで、炎、氷、もしくは水など、一種類の魔法のみを使う傾向があるようであった。魔法の型も複数存在するようで、玉状にして飛ばしたり、ムチのようにうねらせたりしていた。
そしてついに私の番号が呼ばれた。
「16番と44番の方!前へお願いします!」
「はわわ…私の番なのですぅ…」
対戦相手はどうやら魔法使いのようだ。
「では…始め!」
私は開始と同時に魔法使いの後方へ高速で移動した。対戦相手が一般的な動体視力の持ち主であれば、目の前から一瞬で消えたように見えただろう。
「なに!?消えただと!透明化魔法の使い手か!」
対戦相手は何やら勘違いしているようで、四方八方に風の魔法を飛ばした。私はその動きに合わせ、常に死角に移動し、ピッタリと後ろに張り付いている。
「手ごたえが、無い…審判!…やつはどうやら透明化して範囲外に逃げたようだ。これは私の勝ちで良いな?」
「君、後ろ!後ろ!」
「なんだ?居ないじゃないか」
私は対戦相手が後ろを向くのに合わせ、常に相手が見えない死角に移動している。
「後ろ!後ろ!」
「ふざけるな!後ろに何があるんだ!?」
勢いよく後ろを薙ぎ払っても、それに合わせて死角に移動するだけだ。
さて、そろそろ決着をつけるとしよう。私はかねてから一度やってみたかったことがある。それは、首に手刀を落として気絶させるという技だ。首のどの部分に落とすのか、首筋を観察してもよく分からなかったので、とりあえず目に見えない速さで手刀をしてみる。
「ひぎゃぁっ!!」プシャー!
手刀をされた対戦相手の首はパックリと割れ、首の大動脈から、さながら噴水のように大量の血が噴き出した。気絶させようとしただけで、切るつもりは無かったのだが…
「そ、そこまで!」
スタッフの処置と高級回復ポーションでなんとか一命をとりとめた対戦相手だったが、魂が抜けたように茫然としていた。
―――――――次の私の試合
トーナメント表を見て確認した、次の対戦相手と思われる者の話し声が、私の耳に聞こえてきた。どうやら仲間と参加しているようである。
「おい、お前の次の対戦相手の44番やばいぞ…棄権しないのか?」
「始まる前に棄権したら違約金やら次の大会への参加負荷やらのペナルティが発生するらしいんだ。始まってすぐに降参すれば大丈夫だろ。いやー、今回の大会は運が悪かったなぁ」
ふむ、どうやら次の対戦相手は試合が始まってすぐに降参するつもりのようだ。
「44番と26番の方!前へお願いします!」
「では…始め!」
「こうさ…」
私は相手が降参の合図をし終わる前に後ろへ移動し、首筋に手刀を落とした。相手を気絶させるためだ。しかし、対戦相手の首はパックリと割れ、大動脈から血液が勢いよく噴き出した。
「ふぇぇ…そんなつもりじゃなかったんですぅ…」
「ひっ!そ、そこまで!そこまでだ!」「これは酷い…治療班急いで!」
審判が慌てて試合を止めた。そしてすぐに治療班がかけつける。
また失敗してしまった。おそらく私の手刀が速すぎるために、意図せず裂傷となってしまうのだろう。高速で回転するヘリコプターのテイルローターが肉に触れた瞬間、切り刻んでしまうように、私の高速の手刀も対戦相手の肉を容易く切断したようだ。
周囲の者のささやき声が聞こえる。
「今、降参しようとしてたよな…?」「降参させないで殺した…?」「実力差がある場面でわざわざあんな勝ち方選ぶか…?」「やつは真性のサディストだ…」「あいつの脳は狂ってやがる…」
(はわわ…そんなつもりじゃなかったんですぅ…)
その後の対戦相手はペナルティをものともせず、全員が試合開始前に棄権し、私は本戦に出場する権利を得た。
後日私が「鮮血の噴水職人」という二つ名で呼ばれているという噂を耳にした。