~The 冒険者ギルド~
市民カードとは、国に税金を払うための管理システムであり、市民カードを持っていなければ国が管理している町などには入ることができない。市民カードは3ヶ月毎に一定の税金を納めなければ無効となるように魔法で作られている。また、市民カードの発行は容易であるが発行時には通常時の税金、約1年分の多額の税金が発生してしまう。
「はわー、マ〇ナンバーカードみたいなものなのですね…」
市民カードの発行は町の入り口のすぐそばの冒険者ギルドで行われているらしいので行ってみることにした。というのも冒険者ギルドは国営の機関であるためだ。入り口のすぐ近くにある理由は、旅の途中で無くしてしまった者がすぐ再発行できるようにするためや、郊外でのクエストの達成報告がすぐにできるように、ということだろう。
「こんにちはなのですぅ…市民カードの発行をお願いしたいのですが…」
市民カードの発行をするため、受付のお姉さんに挨拶をする。再発行の料金は今持っている魔石と角を売れば工面できるのではないかと考えている。また、工面できなかった場合は他の手段を考えるまでである。受付のお姉さんはニッコリと微笑むと、優しい口調で答えた。
「あら、可愛いお嬢ちゃんね。たぶんお嬢ちゃんの市民カードはお父さんかお母さんが持ってるんじゃないかな?」
「お父さんとお母さんはいないのです…」
「あら、お嬢ちゃんもしかして町の外から来たのかしら?」
「そうなのですぅ…」
「スラムの子かぁ…門番仕事しろよ…」ボソボソ
最後のセリフは小さな声で独り言のつもりで言ったのだろうが、私の強化された聴覚にはハッキリと聞こえた。どうやら町の外にはスラム街のようなものがあるようだ。おそらく税金を払えない、払いたくない者たちの集まりが、壁を隔てた先にあるのだろう。
「お金は持ってないですが、きっと価値があるものを持ってるですぅ…」
私は実物を見せた方が話が早いと思い、背中のかごからボーリングほどの大きさの魔石と2mほどの長さの立派な角をカウンターの上に置いた。
「ええっと、これは…魔石と魔獣の角?それにしてもすごい大きい魔石だね。確かに価値があるものだけど、どこでこれを手に入れたの?」
「近くの森で、白くて大きくて角の生えた動物を倒した時に、その動物の角と体内に入ってたものですぅ」
「それ、多分ホワイトホーンタイガーだね。3日前から緊急クエストがでてた個体だと思う。本来の生息地域は森の奥深くなんだけど、若いハンター達のパーティが討伐クエストに失敗してね、一人食べられちゃったんだよ。それで人間の味を覚えてしまって、この町の近くまで来て人を襲うようになっちゃったんだ。知能が高くて狡猾でね、1人以外をわざと逃がしてこの町の場所まで追跡されてたんじゃないかって。」
なるほど。これはかなり感謝されてしまうな。自然と口角が上がってしまうのが自分でも分かった。
「それで、これは誰に渡されたの?」
「これは自分で倒したですぅ…」
「本当は?」「本当は?」「分かった分かった。で、本当は?」
何度自分で倒したと説明しても信じて貰えなかったようだ。冷静に考えると当然である。私のような小柄で華奢な少女が5mほどの魔獣を倒したと言って、すんなり信じて貰えたら逆に不安になる。
「実はね、買取は半年以上税金を納めている市民カードの持ち主が持ってきたもの以外はしてはいけないって決まりがあるの。でも、闇ハンターっていう街の外に住んでる人達が魔獣を狩ってなんとか換金しようとしてるの。税金は高いから払いたくないのは分かるけど、中には自分で狩った素材だけじゃなくて、盗んだ素材とかも秘密裏に現金に換えようとしている人達もいるのよ」
「そうなのですかぁ…」
確かに、私が持ってきた素材がホワイトホーンタイガーのものではない可能性もあり、詐欺を防止するため、また税金を多く取るためには必要な措置かと思う。
「でもね、こんな町の現場レベルじゃあ誰も守ってないわよ。じゃあ買い取り金額を査定するわね。」
「はわわ…ありがとうなのですぅ」
紆余曲折を経たが現金を手に入れることができそうだ。
「魔石は魔素測定器で測定した値が基準で、基本的には魔素の量に比例して値段が高くなるわ。魔石は日常生活のための道具だったり武器だったり、何にでも使えるからね。いくらあっても困ることは無いわ。数値が出たわ、この魔石は47万ゴールドね。こっちの角は武器だったり貴族向けの装飾品として使えるわ。強い魔獣の素材ほど魔素伝達率が高くなるから武器にオススメね。角は魔石と比べたら大分値段が下がっちゃうけど、1万5千ゴールドね。オークションに出した方が高く売れると思うわ。魔石はいくらあっても使い道があって、相場が決まってるから手数料程度しか差し引いてないけど、魔獣の素材は価格の変動が大きくて、在庫になってしまう可能性があるから、見積もり金額が実際の価値より大分低くなっちゃうの。それで、この値段で良いかしら?」
「丁寧に説明してくれてありがとうなのですぅ。よろしくお願いしますですぅ」
「分かったわ。じゃあ合計で48万5千ゴールドね」
48万5千ゴールドか、労力のわりにかなりの金額が手に入った。私の力があれば魔獣のハントで楽に大金を稼ぐことができそうだ。
「市民カードと個人情報を紐付けして預かっておくこともできるけど、どうする?預けておけば3ヶ月に一度の税金も、その時期になったら自動で支払うことができるわ。」
「そんなこともできるですか?お願いしますですぅ」
「じゃああなたの外見の特徴と名前を市民カードに紐付けするわね、お名前はなんていうの?あ、ちなみに私はミリアっていうの」
名前、名前か。この世界では苗字は必要なさそうだな。
「私はリオって言うですぅ」
「リオちゃんね。リオちゃん、その角は装飾品よね?」
「これは体の一部ですぅ」
「えっ、リオちゃん魔族だったの?」
「魔族かどうかは分からないですが、多分ドラゴニュートだと思うですぅ。尻尾もあるですぅ」
私は尻尾を見せ、少し振ってみせた。
「へー、ドラゴニュートか、すごいわね。私本物のドラゴニュートの人初めて見たわ。」
ふむ。どうやらこの世界ではドラゴニュートはレアな存在のようだ。
「じゃあとりあえず、市民カードと外見の特徴を紐付けしたから、お金はこの中に全部入れておくわね。引き出しは国が運営している通信魔石のある場所ならどこでも引き出せるわ。基本的には冒険者ギルドね。そうそう、緊急クエストの討伐報酬の100万ゴールドも入れておいたわ。この角で討伐の証明になるわ。ここから初回発行時の1年分の税金40万ゴールドを引いておくわね。だから預金残高は合計で108万5千ゴールドよ
「はわわ…一気にお金持ちになったのです…」
角が101万5千円で売れたようなものだな。角を持ち帰る選択をすることができて運が良かった。
「じゃあ、とりあえずこれから泊まる宿を探す都合があるので、5万ゴールドほど引き出しをお願いしても良いでしょうか」
「ええ、もちろん。じゃあ市民カードの情報を書き換えて、1万ゴールド札4枚と5千ゴールド札1枚、千ゴールド札が4枚、500ゴールド玉が1枚と100ゴールド玉が4枚、10ゴールド玉が10枚よ」
「ありがとうなのですぅ」
私はお礼を伝え、市民カードと現金を受け取るとその場を離れようとした。すると受付のお姉さん、ミリア氏から一つ提案があった。
「あ、リオちゃんちょっと待って。リオちゃんこの町は初めてだよね、私が案内してあげようか?今4時半だけど、5時で仕事終わるから、ちょっと待っててくれたら色々教えてあげるよ」
「私なんかのために、良いのですかぁ」
特にデメリットも無く、これも何かの縁だと感じたので私は提案を受け入れる。
―――――――30分後
「リオちゃんお待たせ!」
ギルドの制服から私服に着替えたミリア氏が満面の笑みで現れた。
「リオちゃん宿を探しに行くんだよね。今から宿へ案内しても良いんだけどさ、今日は私の部屋に泊まっていかない?この近くにギルド職員用のアパートがあるんだ。今日はもう暗くなるし、私、明日休みだから、明日ゆっくり町をまわろうよ。」
「良いんですかぁ…それは本当に助かります…」
ありがたい提案である。宿代が浮くのはもちろん、ミリア氏からは町に関する様々な情報を得ることができる。
「はい、到着、ここが私の住んでるアパートよ。ここは女性しか住んでいないから安心してね」
「じゃあまずはお風呂に入ろっか。ちょっと狭いけど一緒に入ろ!」
「女の子同士だから恥ずかしくないよ!」
あれよあれよの間に私は全裸になった。
「角、触っても良い?」
「へー、尻尾こうなってるんだ」
「なんでそんなに恥ずかしがっているの!でも恥ずかしがってる所が可愛い!」
何事も初めてということには抵抗がある。私はまだ若く、親以外には裸を見せたことが無かったため、同性とはいえ裸を見られることに強い羞恥心を感じた。
風呂に入った後はミリア氏の服を借り、食事をごちそうになった。また、夜は2人とも同じベッドで寝ることにした。シングルベッドであったが、2人とも小柄であったため、難なく寝ることができた。
余談であるが、ガスや水道、電気などのインフラはそれぞれの魔法を込めた魔石により保たれていた。火の魔法を込めた魔石による調理器具、光の魔法を込めた魔石による照明、氷の魔法を込めた魔石による冷蔵庫、水の魔法を込めた魔石による水道、消滅の魔法を込めた魔石による下水処理…etc。
明日はミリア氏と町を散策する予定である。
―――――――同刻スラム街にて
身の丈2mはあろう大男と、例の門番の男が話をしていた。
「分かった。じゃあその角が生えた少女をさらっちまえば良いんだな。奴隷商人に売って奴隷落ちにすれば屈辱を味わわせることはできるだろう。魔族だから奴隷にするのは簡単だな、適当な罪をでっちあげれば良い」
「はい。そうです…」
「1人だから依頼料は1000万ゴールドだな。ちょうど町のやつらに俺たちデスパレードの恐ろしさを教えてやろうと思っていた所だ。見せしめには丁度いい」
「気をつけてください…やつはかなりの怪力の持ち主です…」
「分かっている。どんなに突出した個の力も組織と文明の利器の前には無力だということを、無知なお嬢ちゃんに教えてやるだけだ。明日の今頃には社会の厳しさを知ることになるだろうよ」