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会長、どうして勉強するのですか?

作者: 日乃本 奏多

「テスト……か」


 ふいに会長はそう呟いた。


 日の長さはみるみる短くなり、6時にはもう真っ暗になってしまうようになった。当然、この生徒会室では無機質な色の蛍光灯が点けられ、目の痛くなるような白い光が室内を包んでいる。


「明日からですね」

「うん。進捗はどう?」

「少し厳しいかもです」

「そっか。じゃあ今夜は頑張らないとね」


 生徒会の書き物を進めながら、会長は顔を上げずにそう言ってくれた。


「いやまぁ、今更頑張っても、って感じでどうにもやる気が……」


 一応この部屋に来て勉強道具を広げてはみたものの、先ほどからペンをくるくると回してばかりで問題の方は一問も解けていない。


 どうせこの問題解いてもなー。テストに出るかどうかわからないしなー。などとそんなことを考えていると、どうにも頭が回らないのだった。


「とりあえず、暗記科目だけでも確認したら?」

「そうします。数学とかは本番どれだけ頭が冴えてるかですね……」


 思わず嘆くような口調になった僕を、会長は微笑を浮かべて見つめていた。

 その視線が少しくすぐったく、僕は体を捩りこんなことを口走ってしまう。


「……どうして勉強なんかしなくちゃいけないんでしょう」

「また藪から棒ね」


 口に出してからなんて陳腐なセリフなんだろう、と恥ずかしくなる。しかし会長はその問いに興味を抱いたようだった。


「書記くんは、なんでだと思う?」

「そうですね、いい大学に入るためだとか、将来いい収入を得るため――っていうのが通説ですけど」

「うん。それじゃあ君の意見は?」

「僕はその通説に賛成です。でも、それだけじゃないんだとも思います」


 そこで言葉を切って、一度考えてみる。


 この複雑な社会でさえ、未だに学力という一元的な評価基準で人の価値が査定されることはままある。それはすなわち、この学力が個人にとって何かしら重要な意味をはらんでいるということではないだろうか。


 だが単に、英単語をどれだけ覚えているかじゃない。数式をどれだけ使えるかじゃない。文法知識の量なんて重要なはずがない。


「……学ぶ、力でしょうか」


 ぽつりと、口からそうこぼれ出た。それに対し、会長はふっと嬉しそうに口元を緩める。


「嫌いじゃないよ、その答え。もっと聞かせてくれない?」

「まだ上手くまとまっていないんですけど……。学校において大切なのは、その学び得た知識ではなくて学ぶ過程で習得した物事の学び方なんじゃないかな、って。ありふれた答えかもしれないですけど」


 自分が一切知識を持たない完全な未知にどう対峙し、どうそれを解き明かしていくのか。その自分なりのやり方を開拓していくのが、この学生に与えられた試練であり、課題なのではないだろうか。


 その言葉に、会長は小さく頷く。


「なるほど。私もそう思うよ。教養だ実学だなんていっても、それが知識として役に立つのは学んだものの1パーセントにも満たないんじゃないかな」

「確かに。ですが、そう考えると一つ不自然ですね」

「というと?」

「えっと、どうして僕たちは学校で社会に出たとき役に立たないような知識を学ばされているのかな、って。授業を受けたり課題をこなしたりする意義はわかりました。でも、せっかくなら仕事に就いたとき役に立つ実学を学べばいいのに、と言う風に思ったんです」


 学び方を学ぶために学校がある。それはわかったが、僕から見ると、この学校教育はひどく非効率的に思えた。学び方を学ぶのなら、その学ぶ対象が将来役に立つ実学でもよいのではないか。どうしてわざわざ、役に立たない学問を用いるのか。どうにもそれは不自然に見える。


「言いたいことはわかったよ」


 小さく嘆息してから、会長はそう切り出す。


「でも、ちょっと私はそれに反論があるかな」

「反論ですか?」

「そ。まず、君が言っている実学っていうのは具体的にどんなもの?」


 先ほど自分が考えていたことを反芻しながら、会長の質問に答える。


「たとえば今後絶対重要になってくるプログラミングについてだとか、医学薬学……あと農業や世界の流通なんかについて知っておいても役に立つんじゃないでしょうか?」


 そう答えてから、自分でもあることに気付いた。それを、会長はぴしゃりと僕に突き付ける。


「なるほど。だけど君の言う実学は、『君が役に立つと理解できる学問』のことだよね?」


 あぁ、会長はそれを言いたかったのか。そう理解して悔しいのと同時に僕はほとんど感動した。やはりこの会長は、自分など比べ物にならないほど貴重な人だ。


「自分が役に立つとわかるものは実学で、そうでないものは役に立たないと切り捨てる。それじゃあ学びは発展するわけないよね」

「……おっしゃる通りです」


 僕がそう頭を下げ、体で『参りました』と表現すると会長は満足したように微笑んだ。


「いい大学に入って周りを優越感に浸るため。いい会社に入ってお金を稼ぐため。知識をたくさんつけて他人にうんちくを言い、ドヤ顔するため。動機はどうだっていい。ただ、この学ぶ、勉強するって言う活動を、私は素敵なことのように思うわ。書記君はどう思うかな?」


 とても残念なことに、僕には会長の言うこと全てを理解できなかった。しかし、それでも僕は少し笑って


「はい、僕もそう思います」


 なんて、のたまうのだ。


 今日も、会長の言葉をノートに記しておこう。

 たとえ今は理解できなくとも、いつかわかる日が来るかもしれないから。

あなたは、どうして勉強をするのですか?

この機会に、少しでも考えていただけたらとても嬉しいです。


……それを感想に書いていただけたらもっとうれしいですけど…(ボソッ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 学生ならでは・・・なのかしらん? 学びと学業の違い・・・・ [一言] 学生だから勉強しなきゃならない・・・ そうなのでしょうか。 あなたは自分の未来像を考えた事はありますでしょうか? …
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