彼女と再会・四
料理がテーブルの上に運ばれてくる。とても美味しそうに見えた。橋本は割り箸を二つに割ると、ハンバーグに箸を進めて、口に入る大きさに切っていった。そして、口の中に入れる。ファミレスの料理はこんなに美味いのか。まるで生きているかのように箸がハンバーグやご飯に進んでいく。
食べ終えると、橋本は中川に目を向ける。スパゲッティは半分も食べられていない。彼女は携帯電話のメールを確認しながら食べている。その表情は真剣だ。遅くなって当然だが、メールの確認がそんなに大事だろうか。
訊いてみようか、と思った時に中川が携帯電話の画面を見つめながら呟いた。
「美希もダメか……。洋祐は、今日は用事があるし……」
真剣な表情から悲しそうな表情に変わり、暗い声だったので、
「どうしたんだ?」
と橋本は訊いた。彼女は隠さずに教えてくれた。
「実は私、一人で暮らしてるんだけどさ、最近何か変なのよ」
何が変なんだろうか。橋本が詳しく訊いてみると、彼女は答える。
「マンションに住んでいるんだけどね。マンションの周りに不審者が出ていて、証拠は無いんだけど、私の部屋の窓を覗いてるの」
橋本の脳裏に浮かんだのは、一人の少年。もしかすると、中川のことが好きなのかもしれない。だが、彼女に会うという決心ができないのだろう。ほとんどが想像だが。
さらに詳しく訊いてみる。彼女は意外と、迷いを見せずに答えてくれた。
「四回もそういうことがあるんだ」
そういう状況だと、一人でいるのが怖くなるだろうな。橋本はそう思った。
「さっき、携帯電話見ながら、ダメとか何とか言っていたのは、もしかして一緒にいてくれるのか、っていうこと?」
中川は頷いた。怯えているような表情を橋本に少しだけ見せていた。だが、彼女は急に笑い顔になる。それが作り笑いだということを橋本は見抜いていた。だから、何とかしたいと思った。
しかし、俺にできることはない、と橋本の心の中にいる誰かが言う。その時、右ポケットにある俺の携帯電話が振動した。それを取り出し、誰がメールを送ってきたのかを確認する。やはり、母親だった。
『まだコンビニにいるの? 早く帰ってきなさい』
面倒だ。返信するのは止めておこう。
「誰からのメール?」
中川が訊いた。橋本は「俺の友達」と答えておいた。
会話が止まる。何とかしたい、と思うならば、この沈黙を何とかしてみろ、と橋本の心の中にいる誰かが言う。
「あのさ……」
橋本は小声で言った。頭の中に色々なことを思い浮かべる。その時に中川が「洋祐」と言ったことを思い出す。小学生四年生の時の同級生に、名前が『ようすけ』という人がいたので、もしかすると同一人物ではないかと思った。
「洋祐って誰?」
中川が作っているような笑みを浮かべて、その問いに答える。
「あ、思い出したんだ。西野洋祐だよ」
西野洋祐。小学四年生の時は一緒に遊んでいたが、冬になると、一緒に何かすることが減り、敵対することが多くなった。嫌いというわけではない。良きライバルのような関係になったといったほうが正解だろう。
と西野について思い出しながら会話していたが、中川は突然、会話を遮るように早口で訊いた。
「時間ある?」
あるけど、と橋本は答えた。声が少し小さくなっていた。彼女の黒い瞳が何かを強く訴えているように見える。しかし、表情には怯えが見える。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
彼女の口調が急に弱々しくなる。
「何?」
橋本は反射的に訊いた。何か、断りにくい雰囲気だった。
不審者を捕まえてほしい、と助けを求めているような顔をしながら依頼された時は、どう答えるべきなのか迷った。数秒の沈黙が流れる。
「警察は?」
橋本が沈黙を破って訊いてみると、中川は諦めるように言い返す。
「証拠が無いから、動かないでしょ」
決め付けているような言い方だった。その後に彼女は溜息をついた。その瞬間の表情には、言葉では言い表せないような悲しみが見えた。