彼女と再会・二
「ああ、小学校のとき、同級生だったよな」
「そう、思い出してくれて良かったー」
明るい口調で中川は言った。表情も明るい。そして続ける。
「まあ、顔は変わるよね。顔じゃなくて、右手の裏を見て、この人が橋本だ、ってわかったし」
そう言われて、橋本は反射的に右手の裏を見た。五センチくらいの傷が縦にある。これは小学四年の時に公園で友達と鬼ごっこなどをして遊んでいて、その時に木の枝に当たって、できてしまった傷だ。思っていたより傷が深かったので完全に治すことは無理だった。
過去の記憶を思い出しながら会話していると、後ろに並んでいた一人の小学生の男子が「早くー」と無邪気な声で橋本と中川に言った。
「あ、ごめんね」
その男子に優しく言うと、次に橋本は顔を中川に向けてから言った。
「頑張れよ」
そして、二つのサンドイッチと一本のお茶が入っている袋を左手で持つと、コンビニから出ようと歩く。だが、そのときに中川が「待って」と呼び止める。
橋本が、何だろうと思いつつ振り返ると、中川が訊いた。
「今日の夜七時に来てくれる?」
その発言の意味は、そのときにまた会話をしようということだろうか。断る理由が無いので「良いよ」と返事した。それで終わりかと思ったが、中川は橋本の右腕をつかんで引っぱり、何も持っていない右手の上に一枚のコインを乗せた。それは五十円玉だった。
「おつり」
「あ、サンキュ」
おつりを忘れていた。まあ、これくらいなら別に忘れても大丈夫だったのだが。
小学生の男子は珍しいものでも見ているかのような表情をして、二人を見つめている。少し恥ずかしい。橋本はその男子を見ないで、買った商品と共にコンビニを出て、自宅へ帰った。
自宅に帰ってから、買ってきたサンドイッチを食べて、お茶を飲み、それが終わると勉強をし始めた。頭が活性化しているような気がする。多分、それは思っているだけで本当はいつもと変わっていないと思うが、思っているだけで発揮できる能力が上がるという夢のような言葉を聞いたことがあるので、イメージトレーニングのように「頭が活性化している」と橋本は心中で言い続けた。実際に声には出していなかったが、口が少しだけ開いていたことに気づいた。もう少しで独り言になってしまうところだった。
そして、時刻は午後四時になった。中川は「七時に来て」と言っていたので、あと三時間もある。しかし、勉強に対する集中力が無くなってきた。問題が頭に入りにくくなり、鉛筆を動かすことが嫌になる。
そのときに橋本は先週買ってきた小説を読みたいと思った。だから『勉強はし過ぎると逆効果になる』という橋本が作り出した理論に橋本自身が従うことにした。つまり、勉強を止めて小説を読むのである。言い訳をしているような気がして、自分に甘いなあ、と思ったが、気がつくと橋本は小説を右手に持っていた。脳だけではなく身体も、読みたいと思っているらしい。勉強が面倒くさくなってきただけかもしれないが。
ふと時計を見ると、時刻は午後六時四十分だということに気づいた。小説も恐ろしい、と思う。七時にコンビニで中川と会う約束をしていたことを思い出し、橋本は小説に栞をはさんでから、財布と鍵と携帯電話をポケットの中に入れた。外出するときは、この三つは欠かせない。身体の一部のようになっている。
準備が完了すると、橋本は玄関に向かった。そういえば、母親が帰ってきているな。とりあえず、出かけることを伝えておこう。
「ちょっとコンビニに行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい」
母親がそう返事すると、橋本は歩いてコンビニへと行った。もちろん、家の鍵はかけておいた。
久しぶりの再会が嬉しかったのか、橋本の足はいつもより早く動いていた。
コンビニへ着くと、店内に中川の姿が見えた。昼に出会ったときよりも可愛いと思うのは、コンビニの制服ではなく私服を着ているからだろう。
コンビニの入り口の前まで歩くと、中川も橋本が来ていることに気づいたらしく、可愛らしい笑みを浮かべて入り口に向かって歩いてきた。黒いコートに白のスカートを着ている。彼女がドアを開けると、橋本に向かって明るい声で言った。
「終わった終わった」
「第一声がそれかよ」
と橋本も明るい声で言い返すと、彼女は笑った。