彼女と再会・一
暇の多い夏休みも半分が過ぎた。高校三年生の橋本は一流の大学へ進学するために、毎日勉強を頑張っている。部活はしていない。
今日も午前十時から勉強を始めていた。問題集に書かれている問題が頭の中に入りにくくなってきた。椅子から立ち上がって時計を見てみると現在の時刻が午前十一時二十分であることがわかった。十二時になったらコンビニに行って、何か昼食でも買ってこよう、と考える。父は仕事で、母は午前九時に家を出て行ったから、食事は自分で何とかしないといけないし。
母は「友達と楽しんでくる」と言って、どこかへ行った。買い物や食事を友達と会話しながら楽しんでいるのだろう。俺も明日か明後日に友達でも誘ってゲームセンターでも行こうかな、と橋本は思ったが、友達も勉強を頑張っているので断られる可能性もある。一緒に勉強と言えば大丈夫かもしれないが。
そう思ってから、休憩ということで漫画を読んだ。とても面白く、吸い込まれるような感覚だ。橋本の脳裏は漫画に支配されてしまった。
気づけば、午後十二時三十分の数秒前になっていた。漫画は恐ろしい、と思う。橋本は何か別のことをしていると、勉強することを忘れてしまう性格の持ち主だ。この不利な性格が無ければ、テストの平均点も五点くらいは上がっていたかもしれない。
遅れを取り戻さないと、と思って問題集に目を向けるが、鉛筆を持った右手が動かない。そして何だか、腹に違和感がある。これは空腹だ。橋本は左手で腹を押さえる。
……仕方ない。橋本は財布と鍵を持つと、玄関へと向かった。コンビニへ行って、何か食べ物を買って食べよう。そうすれば、勉強に集中できると思った。
靴を履いてから外へ出る。風が気持ち良い。そして鍵をかけた。家の近くに新しいコンビニが一週間前にできたので、そこへ歩いていくことにした。
一分で新しいコンビニに到着し、橋本は足を止めずにそのまま入った。このコンビニとは長い付き合いになりそうだ。
店内の床は自ら輝いているように綺麗だった。その床の上を橋本は歩いて、サンドイッチを二つとお茶を一本持つと、レジへと向かう。雑誌にも自然と目が向いてしまうが、時間に余裕が無い。
商品を置くと、店員の黒い髪の女性は数秒程度で、
「合計六百五十円になります」
と言ってきた。行動が早いな、と感心する。こういう仕事に慣れているのだろう。
橋本は財布から百円玉を七枚、合計七百円を右手で取り出すと、レジに置いた。
そして、店員に目を向ける。すると、その店員は少し驚いたような表情を橋本に見せていた。少し大きく開いている黒い瞳が綺麗だった。一体、どうしたのだろうか。その店員は可愛かったので見つめられることは嫌ではなかったのだが。というより、少し興奮した。
店員は信じられないような口調で訊いた。
「……橋本?」
それが耳に入った瞬間、橋本の口が「えっ」と言うように開く。
何故だ。何故、この女子が俺の名前を知っているのだろうか――。高校の同級生でもないし、中学校の同級生でもない。
「あ、ああ」
橋本は驚いたように答えた。脳裏に疑問符が浮かぶ。
「あー、そうだったんだ」
急に彼女は、何かが吹っ飛んだように明るくなった。それとは逆に、橋本は理解できていない。少し大きな声で訊いた。
「え、え、何で知ってるの?」
「わからないの? 私は中川よ」
と笑みを浮かべて答えた。
中川。その言葉に覚えが少しだけある。小学三年か四年か、詳しくは覚えていないが、同じクラスにいた。恋人のような関係だったと自称していた、と思い出す。名前は詩織だ。橋本の脳裏に小学生の時の出来事が次々と蘇る。
彼女の肌が白くて、凹凸が一つも無いのは昔から同じだった。そのせいか、彼女は高校三年生よりも下に見える。会ってみたいな、と思ったこともあったが、本当に再会できるとは思わなかった。橋本と彼女が通った中学校は違ったので、それ以来会うことは無かった。だから、久しぶりに出会った彼女を見て驚いた。
大人に近づいたな、と心の中で思わず呟いた。