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蘇る心境  作者: 海谷
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混乱する日々・六

 四人はマンションを出た。その時に中川が呆れたように言った。

「私は行かないから。まあ、証拠があったら持ってきて」

 証拠なんて見つかるわけがない、と橋本は思った。小学生の時の事件を調べたとしても、解決に近づく可能性は低い。だが、心はこの状況を楽しんでいる。心理というのはよくわからないが、今しようとしていることが探偵の仕事に近いからかもしれない。

 ああ、と坂下が中川に向かって言い捨てると、マンションから離れるように歩き始める。西野は自転車に乗ってゆっくりと進んでいる。坂下に合わせているのだ。西野はどう思っているのだろうか。中川の同級生らしいし、彼女に少しは同情しているのだろうか。詳しく知りたいとは思わないが。

 そういえば、どこに向かっているのかわからない。橋本は坂下の右横を歩いて、訊いてみた。

「今、どこに行こうとしているんだ?」

「僕の住んでいる部屋」

 と彼は答えた。続けて、橋本は質問する。

「一人暮らし、か?」

「そうだけど、何か問題がある?」

「無いよ」

 そう答えながら、橋本は坂下の後ろを歩いていった。西野の顔を見ると、口が動いているのが見えた。呟いているように見えるのだが、何か知っていることがあるのだろうか。橋本は木村のことを思い出してみるが、木村が女子で、動物が好きだということしか頭に浮かばない。

 彼は運動が得意のように見える。髪が短くて、大きな目をしているからかもしれないが、清々しい雰囲気を漂わせている。顔立ちが良いことも理由の一つになるだろう。

 そして、考えることを諦める。それからも歩き続けて、数分後。坂下が右手の人差し指を前に出した。

「あれが僕の住むマンション」

 中川が住んでいるマンションよりも少し低く、壁は赤茶色だった。だが、色が薄くなっている部分も見える。建てられたのは十数年前のように思える。

 マンションの入り口の傷が付いているドアを開けて、中に入ると、右に階段があり、坂下はそれを上る。橋本と西野もついて行った。灰色の床と靴が触れる時に、コツ、と音が鳴り響く。それ以外の雑音が無く、薄暗いので寂しいと感じる。二階まで上がると、左へ曲がり、そこから三番目のドアの前まで歩くと、坂下は足を止めた。ドアの鍵を開けて、中に入る。


 部屋の中は綺麗だった。と言っても、玄関の近くにある小さな部屋しか入れてもらえない。綺麗というよりは、家具が少な過ぎると表現した方が正解かもしれない。もしかすると、こうなることを坂下は最初から考えていたのではないかと思ってしまう。

 小さな部屋に三人が入ると、坂下はドアをゆっくりと閉める。その後に口を開いた。

「島田の居場所も気になるが、僕が無実であることを先に証明した方が良いかな」

 証拠も無いのにどうするのだろう。橋本は少し期待した。

「今、思えば、あれは不自然だ。僕は木村を押した。何を使って?」

 その問いに西野が当たり前のように答える。

「手、だろうな」

「だけど、僕の手は木村には向けられていない」

 橋本は記憶を蘇らせる。衝撃的なことだったので、思い出せるかもしれない。


 ――坂下の後ろに木村がいて、坂下の目の前には中川がいた。それで、坂下が木村を押した。

 後ろということは、木村は坂下の背中側に立っていたことになる。ということは、手が届かない。

 この記憶が完全に間違っているようには思えなかった。鮮明とはいえないが、七割は正しいような気がする。記憶があるということは可能性がある。全否定はしない。

「なるほどね」

 橋本は頷いた。西野は微妙な表情を浮かべている。半信半疑のようだ。だが、完全に否定できないということは……どうなるのだろうか。橋本は混乱する。

 しかし、よく考えれば証拠がない。記憶という信用性が低く、物質でないものだけで決めることは間違いだろうか。橋本は坂下に言った。

「それは微妙だな」

 すると、坂下は真剣な表情で訊いた。

「微妙。つまり、否定はできないということか?」

 微妙という言葉以外に答えがあるのか、と橋本は思った。迷宮に迷ってしまったかのように橋本は決断することができなくなる。

 その時に、今まで何も言わずに考えていた西野の口が開いた。

「中川はどう思うんだろうね」

「あの人は非協力的だから、答えないだろう」

 そう言って、坂下は溜息をついた。そして続ける。

「怪しいよ、中川は」

 彼の中での最有力容疑者は中川詩織のようだ。坂下に部屋を外から見つめられていたことに苛立っていたようだが、非協力的な態度を見ると、少し怪しいと思う。でも、当然のことかもしれない……。

 橋本は迷宮の中で迷い続けていた。

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