混乱する日々・五
「何だ、来ていたのか」
橋本の明るい口調が、西野の気分をさらに高めていく。部活動も終わり、暇が多くなり、勉強に追われ、毎日が楽しくないと少し感じていたので、今はとても心が飛び跳ねている。
坂下が橋本に言った。
「来てくれたんだね」
ああ、と橋本が答えて頷いた。この時に西野は少しだけだが変だと思った。二人とも表情が硬い。坂下は目も何かを決意したように鋭く見える。だが、よく考えればおかしいことではない。久しぶりの再会で緊張しているのだろう。すぐに表情も良くなるだろう、と西野は思った。
坂下が自分の腕時計を見て、時刻を確認する。
「十二時五十二分。まあ、行きますか」
坂下が静かな口調で訊くと、西野は感情を抑えきれず、
「行こうぜ、行こうぜ」
と言った。すると、坂下の鋭い視線が西野に向けられた。橋本も白か黒かはっきりしない微妙な表情を浮かべている。俺、何か変なことを言ったのか、と心の中で訊いた。口には出しにくい雰囲気だった。
西野は二人から逃げるように顔を空に向ける。灰色の雲が空の奥に見える。これから天気が悪くなっていくのだろうか。少し嫌だな。西野の気分が割れた風船のように下がる。
数秒の沈黙が流れると、坂下が「行くよ」と言って、入り口に向かって歩き始める。橋本もそれに続くようにして歩く。西野も同じように行動する。少し納得できない。
マンションの中に入り、五歩くらい進むと、坂下の足が突然止まった。どうしたのだろう。
「どこに中川の部屋があるんだ?」
……知らないのか、と心中で言い返す。知ってる、と坂下が後ろに振り返って橋本と西野に訊いたが、西野は首を横に振った。
「俺も知らん」
橋本も知らなかった。橋本は私立の有名な進学校に進んだらしいが、勉強しなくても良いのだろうか。先程の嫌な沈黙のせいか、西野は質問できなかった。言葉が喉を通らない。
坂下は階段へ向かった。全部の部屋を見るつもりだろうか。面倒だ、という言葉が脳裏を渦巻いた。だが、ここで帰ると絶対に変だと思われるので、仕方なく西野も足を進めようとした。その時だった。
「あ、来たんだ……」
悲しんでいるような声が階段側から聞こえた。それが中川であると西野は気づいたが、脳はそれを認めなかった。昔の仲間が集まって遊ぶ、というのは間違っているのか。
階段から彼女はゆっくりと下りてきた。逆光で少し見にくいが、楽しそうにしているとは思えない。薄い赤色の服に黒のスカートを着る彼女は、セーラー服を着ている時よりも綺麗に見えるのだが、何かを背負っているように表情が暗く、階段から下りる速度も遅かった。
西野は思わず呟いた。
「これ、どういうことだ?」
その問いに坂下が冷静な口調で答える。
「『あの事件』を本当に解決させる」
本当に、という部分に何かが隠れているような気がした。だが、坂下が木村を押した、ということで解決している。西野は『あの事件』の記憶を脳裏で蘇らせながら、考える。
そして、坂下に訊いた。
「お前は、無実だと言いたいのか」
「その通り。気づくのが早いね」
呼ばれた理由が遊ぶことではないことに気づいた。でも、こういうのも悪くないかもしれないと西野は少しだけ思っていた。推理ゲームのような楽しさがあるように思える。
しかし、昔のことだ。情報量が少ないし、得ることも難しい。西野は坂下の顔を見ると、彼の真剣な表情が見えて、その一秒後に口が開いた。
「場所を変えようか」
恐れているような口調だった。緊張しているのだろうか。坂下が冤罪か、ということに関しては興味が無い。だが、こうやって何かを調べるような非日常的なことをするのが楽しいと思えるのは確かだった。
コンビニに入り、お茶を持って、買って、その時に気づいたのですが、僕の好きな歌が流れていたのです。まあ、お金も支払い、売買が成立したのでコンビニから出るのが普通であり常識なのですが、どうしてもその歌が聞きたかったので、コンビニの中を歩き回ってしまいました。他にも食べ物を買おうとしているように見せていたので、大丈夫でしょう。まあ、最終的に買わなかったので、店員はどう思っているのかわかりませんが。
振り返ると……
僕が、ね。変だった、と。
そういえば、そのコンビ二は閉店するらしい。
とまあ、どうでもいい話でした。