混乱する日々・四
マンションが見えてきた。薄い茶色だった。橋本が入り口を見てみたが、誰もいなかった。坂下は来ているかもしれない、と思っていたのだが。
飲み終えた缶コーヒーをどこに捨てようか、と顔を左や右に向けるが、ゴミ箱のようなものは見つからない。橋本は携帯電話で時刻を確認する。三分しか進んでいない。余り過ぎた時間を潰すためとゴミ箱を探すためにマンションから離れるように歩き始める。
*
昨日の、中川からのメールで西野は驚いた。
『午後一時にマンションに来て。他にも色々な人が来るけど、多分時間がかなりかかる』
色々な人が誰かということも気になるし、時間がかかることも気になる。それに彼女から呼び出されることも初めてだったので、どういう理由で呼び出したのかも気になる。脳裏に浮かぶ疑問符はさらに増えていく。
用事も無いし、大丈夫だし、行ってみるか。楽しいことかな。面白いことかな。気分が良くなっていることに西野は気づいた。
時刻は十二時三十五分だった。そろそろ出発しよう、と西野は自転車を自宅の駐車場から持ってきた。そして、自転車に乗って進む。風が冷たいが、そんなことは気にならない。
マンションが見えてきた。意外と早く着いたなあ、と思いつつマンションの『自転車置き場』と書かれた場所まで向かい、そこに自転車を停める。念のために鍵をかけておいた。その後に、鍵を左ポケットの中に丁寧に入れた。
時刻は十二時四十五分。十五分の余裕とは微妙だなあ、と思った。すると、誰かがマンションに近づいてくるのが見えた。最初はそこまで気にならなかったが、顔をこちらに向けて近づいてきているので、少し異変のような何かを感じた。誰だろうか。顔は見たことがない。
近づいていた男子は西野に向かって言った。
「中川さんを知っていますか?」
「知ってるよ」
彼は中川を知っているらしい。中学生に見えるし、高校生にも見えるが、他校生であることは確かだ。だが、中川が他校生と何らかの関係を持っているとは思えない。しかも男子だ。彼氏だろうか。訊いてみたくなる。
坂下と言います、と彼は言った。
「あ、ああ……」
西野が声を漏らすと、坂下という少年は真剣な口調で言い始めた。
「『あの事件』を知っていますか? 小学四年の」
その問いに西野は「知っている」と答えた。『あの事件』は高校の友達にも話したことがある。羨ましそうな顔をして訊いていたことを覚えている。普通は見れないような光景だったからな。忘れるわけがない。頭の中にしっかりと保存されている。坂下が『あの事件』の犯人であることも忘れていない。
西野の中では『あの事件』はほとんど美化されていた。人が車に激突する瞬間は今でも思い出すことができる。ホラー映画のように恐ろしくて、少し面白い。
坂下は小学校四年の時の同級生だった。中川も同級生だったし、これは昔の仲間で遊ぶために集めさせたのか、と西野は推理する。小学四年の時から、俺は中川に好意を持っていたことを西野は思い出す。
西野は坂下に訊いた。
「他に誰が来るんだ?」
「橋本と中川と、島田は……どうだろう。中川たちがメールアドレスを知っていれば来るかな」
え、と西野は疑問に思った。一人、忘れられていることに気づいた。
「木村は呼ばないのか? 仲間だったのに」
すると、坂下は残念そうな表情をして答える。
「木村は居場所がわからないし、親が会わせてくれないと思う。『あの事件』のせいで」
『あの事件』の犯人は坂下なのに、他の人が木村を押したような言い方をしたので、西野は少し苛立った。思わず顔をしかめるが、坂下は納得できないような表情をしていた。まるで犯人は自分ではないと言っているかのようだ。だが、そんなことは言わないだろう。昔のことだし、俺も坂下を責めるつもりは少しも無い、と西野は思っていた。
その時に、誰かがマンションに近づいてきた。上は黒、下は濃い黄色に近い白の少年。携帯電話で時間を確認している。
「橋本だ」
と坂下が突然言った。西野は橋本の顔を見つめる。小学校の時とは雰囲気が違うなあ、と西野は懐かしいような気分になった。
西野たちに気づいた橋本が足早で近づいてきた。