混乱する日々・三
自分の部屋へ戻った橋本は時計を見た。七時四十一分。ということは、残り五時間十九分。一分しか縮まっていない。これが時の流れというものか。
橋本は勉強しようと思った。五時間以上もあるのだ。少しはしておかないとダメだろう。勉強机に向かって、椅子に座る。問題集を開いて、鉛筆を持つ。いつもと変わらないスピードで問題を解いていくが、平均的なスピードよりも少し遅い。問題をよく見て、単純なミスをできる限り少なくしておきたいからだ。問題の読み間違えで点数が下げられるのは嫌だし。
一問を解き終えると、橋本は時計を見た。時刻は七時四十五分。ということは残りは……、考えなくても良いか。五時間はあることは確かだし、……これが時の流れというものか。問題集に再び目を向けて、二問目へ挑戦する。それが終わると三問目、次は四問目――と確実に解いていく。
五問目を解き終えた時点で、答え合わせをしようと思った。たくさん解いてから一気に答え合わせをするよりも少しずつしたほうが、間違っていたとしても正しい答えを理解しやすくなると思うからだ。その結果、五問の中で間違えたのは一問だった。三問目の問題か。
答え合わせも終了すると、橋本は時計を見た。時刻は八時十五分。残り四時間四十五分。確認すると、問題集に目を向ける。これの繰り返しを橋本はしていた。
集中力に限界が来た。問題が拒否するかのように頭に入ってこない。頭が重く感じていることに橋本は気づいたので、問題集を閉じた。その上に鉛筆と消しゴムを置く。
普通は眠気が襲ってきてもおかしくはないのだが、今回は襲ってこないし、それに近いようなこともない。無意識に時計を見ると、十時を過ぎていた。何回確認をしたのだろう。橋本は十分くらい、呼吸以外のことをしなかった。
残りは二時間三十分。かなり近づいてきた、と思った。
それからは勉強をしないで、小説を読んだ。小説の世界に行ってしまい、現実での時の流れを忘れるという危険性もあるのだが、今回は大丈夫な気がした。
時計の短針が真上を指した時に、橋本は読んでいた小説に栞をはさんで立ち上がった。家を出るには少し早い気もするのだが、坂下が来る前に中川のマンションへ着いたほうが良いのではないかと思ったので、橋本は準備を開始する。
と言っても、携帯電話と財布と鍵の三つしか必要ないが、外出をする時には欠かせない。
そして、橋本は一階に下りる。
「行ってくる」
と早口で言うと靴を履いて、ドアを開けて外へ飛び出すように出た。吹いてくる風が新鮮に感じる。思わず笑みが浮かんでしまうが、他人から見ると変に思われるので、普通の表情に戻した。
鍵をかけて、ドアが開かないことを確認すると、橋本は歩き始めた。昨日中川と一緒にマンションへ向かっていた時に歩いた道を脳裏に浮かべながら、橋本は進んでいた。
昨日のことなので忘れるわけがない。中川の住んでいるマンションが見えてきた。携帯電話で時計を確認する。『12:27』と表示されていた。三十分も余裕があるのか。だが、あり過ぎても逆に困る、と橋本は思った。出発する時間が早過ぎたか。歩くスピードを遅くして、マンションへ向かった。
自動販売機が見えた。飲み物がどうしてもほしいというわけではなかったが、何となく買ってみる。百二十円を入れて缶コーヒーのボタンを押す。ゴトゴト、と缶コーヒーが落ちてくる音がした。その音が止まると、缶コーヒーを取り出す。
コーヒーを飲みながらマンションへ歩き始める。ブラックにしておけば良かった、と少し後悔する。かなり甘い。最初に飲んだ時は、裏切られたような気がした。この気分は別の意味で苦かったりするのだが、その苦さはすぐに消えた。