プロローグ
マンションの前まで歩くと、少年は足を止めて深呼吸をした。マンションは四階まであるように見える。建物の色は黒に近いが、夜なので詳しくわからない。マンションの窓や、周りの住宅の窓から漏れる光しかないので、非常に見にくい。
少年は足を進めようとする。だがその時、身体が少し震えた。緊張したのだ。顔が固まり、右手で着ている服を掴んだ。
諦めてはいけない――そう強く思ったが、緊張は収まらない。ここに僕の人生に傷を与えた人物が住んでいる。今から、その人の所に行って、その人に謝ってもらうのだ。僕だけが悪いんじゃない、と少年は思っていた。
マンションの出入り口を眺める。少年は、行き場を失った悲しい思いを吐き出すかのように溜息をついた。だが、実際は悲しみは心の中に溜まったままだ。そして、マンションに背を向けて、歩き始める。足が少し重く、背中も弱々しい。
ここから僕の家は近いから明日行こう、と自分に言い訳をするが、それは逆効果で、少年はまた溜息をついた。しかし、心の中にある闇は無くならない。冷たい風が少年の心にある悲しみや憎しみを増大させていた。
徒歩で十分。少年には近いと感じる。あの人のせいで転校することになってしまったのだ。父親が転勤したくなかったらしく、別の都道府県に移動はしなかったが、遠くへ行くことになった。
まさか、向こうが近くに住むようになるとは思わなかった。マンションの隣にある家に住んでいる友達が「マンションに可愛い女子が来た」と言って、さらに名字も続けて言った。その時に、あの人ではないか、と疑い始めた。名前も訊いてみると、少年の予想が当たる結果になった。それと同時に少年の心に隠れた悪意が心を支配していった。
あの事件で少年は心に深い傷を負った。それが痛むかのように、心臓が強く掴まれるような気分に襲われる。苦しみから解放されたいのに、それを恐れている自分もいるのだ。
しかし、少年はマンションに入ることができない。マンションの周りを回って、部屋の窓を見つめることしかできない。
その時に、部屋の窓から高校生くらいの少女が少年を見つめてきた。少年はそれに気づくと目をそらした。数秒後、部屋の窓に目を向けるが少女は見えず、カーテンだけが見えた。
――あの少女、美人だったかもしれない。ということは、あの人だろうか。だが、今日もマンションの中には入れなかった。冷たい風が着ている服に伝わって、身体を苦しめる。
今日はダメだと思い、異常に気が弱くなる自分を責めながら、自宅に帰ろうと歩き始める。背中を押してくれるような何かがあれば助かるのに、と思うが、そんなことが起こる可能性はゼロに近い。
僕が行動しないといけない――そう強く思っても、それが行動に移されることはなかった。まるで何かにせき止められているかのようだ。
窓から漏れる光から目をそらし、顔を斜め下に向けて、少しだけ照らされた道を見つめながら歩く。少年は何もできない弱い自分を呪い、自己嫌悪の闇に落とされた。
お久しぶりです。海谷です。
前作とは違い、現実的なものになってくると思います。しかし、これからどうなっていくのかは僕でもわかりません。
全体の流れは決めてあるし、結末も考えてはいるけど、物語というのは途中から変わってくる場合が多いですからね。それが面白いから、僕は小説を書いているのかもしれません。
頑張って書いていこうと思います。よろしくお願いします。