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第68話 幸子の新たな目標

『えー、それでは時間になりましたので、昨日行われましたクリスマスバトル決勝を終えての、両選手による合同記者会見を始めます。』

司会進行は、クリスマスバトルの運営より、いつものアナウンサーさんが呼ばれていた。

私達のこともよく知っているだろうし、変な質問とか出ても交わしてくれそうで安心感があったよ。

最初は委員長さんがやるって言っていたのだけれど…

雷鳴館サイドに公平感をもたせる配慮だったのかも。


そんなことはどうでもいいの。

沢山のカメラに睨まれて、私は今まで経験したことの無いほど緊張している…

なので、今回二人に対しておこなわれる質問は、相田さんから答えることになっているよ。

そうじゃないと私がテンパっちゃうから。


『まずは、劇的な決勝を終えて、お二人の率直な感想をお聞きしたいと思います。相田選手からお願いします。』

相田さんが喋ろうとした瞬間、沢山のフラッシュが彼女を襲う。

「私は昨日、チャンピオンベルトを巻いてから、初めて負けたわけですが…」

彼女は一呼吸置くと、短いため息と共に、爽やかな笑顔をのぞかせた。

「今は心が晴れやかで、むしろ清々《すがすが》しいとさえ感じています。」


その言葉を聞いた記者さん達、それに会長やこーちゃん、いやいや、雷鳴館の轟会長さんですら驚いた表情を見せていた。

それってつまり…

「もっとボクシングが好きになったってことですか?」

慌てて口を両手で塞いだ。

思わず喋っちゃった…、相田さんが答えている時なのに…

そして私に向けられた全員の視線は、何を言っているんだという、否定するようなものだった。


相田さんがニヤリと笑う。

「あぁ、その通りだ。」

えぇ!?

みたいな空気が会見場を埋め尽くした。

後でこーちゃんに聞いたら、皆は引退だと思ったみたい。

そんな訳ないじゃん。

あんなに楽しそうなのに…


「私は今まで自分と戦ってきた。自分のボクシングをすれば勝ててきた。だが…。昨日の試合は私の今までを全否定してきた。私は混乱の中で、いつもの自分じゃないと実感していた。」

相田さんが私の方をチラリと見た。

「鈴音さんが見つけてくれた。私の奥底に隠れていた、本当の自分を。だから私はボクシングをもう少し続けたいと思う。」


おぉーっと歓声があがった。

どうやら、業界の中では引退説が強かったんだって。

不動のチャンピオン、ボクシングの神様が、ここにきて覚醒したという話題は、女子ボクシング界にとっては、盛り上がる要素だったのかも。


そして私も答えた。

「私は…、勝ったことが未だに信じられません。でも私は…、不幸で10年間失われた笑顔を、あの試合で取り返すことが出来ました。笑顔が出る度に実感してきています。昨日勝ったんだって…。すみません、上手く言えなくて…」

まとまりのないコメントだったけれど、フラッシュの雨に襲われた。


『それでは質問タイムとします。挙手にてお願いします。』

直ぐにいくつもの手が挙がる。

『では、そちらの方から順番に…』

『お二人に質問です。昨日の試合では、何が勝敗を分けたと思いますか?』


えぇー?そんなのわからないよ…

予定通り、相田さんから答えていく。

「私は、自分があの試合でさらなる高みに上がれたことによって、慢心したと思います。2つの大きなミスを犯しました。」

『失礼ながら、リングサイドからはそうは見えませんでしたが…?』

「いえ、ライトニングボルトを撃ち込んで、鈴音さんが崩れた時、過去の経験から絶対にダウンする倒れ方だと思ったことが1つ目のミス。そして私は、有ろう事かダウン前に視線を外してしまったことが2つ目のミスです。」

『何故視線を外したのでしょうか…?』

「ダウン確定と思い込んだことによって、ニュートラルコーナーの位置の確認をしたのです。恐らく時間にして1秒…。それが勝敗を分けた瞬間だと思っています。」


おぉー!と再び歓声があがった。

チャンピオンらしいと言えばらしいエピソードだからかも。

1秒の油断って…、ちょっと大袈裟なような…

そう思ったのは私だけのようで、他の人達はうなずきながら納得しているようだった。


そして私の回答の番。

「正直なところ、どこが勝敗の分かれ目だったかは分かりません。相田さんが混乱しているというのは把握していて、その隙きにダウンは奪えたけれど、KOには至りませんでした。そして神の左手…。何が何だかわからないほど完璧に封じ込められてからのライトニングボルトは強烈でした。」

記者の人達は静かに私の言葉を待っていた。

「崩れた瞬間からは…、あまり覚えていないのですが…、一瞬意識が飛んでいたと思います。真っ暗闇の中で、立っているのかダウンしたのかもわからず、手と足の感触も無くなっていましたから…」


『その後、どうやって、あの超低空スマッシュを撃つことが出来たのでしょうか?』

「真っ暗闇の中、会長の声、お母さんの声、レオさんの声、雪ちゃんの声、そしてこーちゃんの声が聞こえて、力が漲ってきました。視界が戻った時は、相田さんの顔が見えて、無我夢中で撃ち込みました。どうしてこんな事になったのか、本当にわからないんです…。敢えて言葉にするなら、支えてくれた人達、応援してくれた人達が、文字通り力をくれたのだと思います。」

きっと少し悲しげな笑顔だったと思う。

だって、本当にそうなのか、自信がなかったから。

けれど、記者の人達は何かを感じ取ってくれたように思えた。


それからいくつか質問を受けた。

賞金の使いみちも聞かれたけれど、リング上で言った通りと答えた。

新しいユニフォームは誰からのプレゼントかと聞かれ、彼氏からですって答えたら大騒ぎになったけれど、アナウンサーさんが個人的な質問は却下してくれたよ。

その他では、好きな食べ物まで聞かれちゃった…


ある程度質問が終わったところで、アナウンサーさんがまとめに入った。

『では、最後に今後の豊富をもって本日の合同記者会見を終わりたいと思います。まずは相田選手から、お願いします。』

すると相田さんは、スッと立ち上がるとマイクを握りしめた。

なんだろう?


「今後の豊富だと!?今私は、試合がしたくてたまらないんだ。」

おぉぉぉぉ!!!

今日一番の歓声があがった。

「鈴音さんは試合前、私は神でも化物でも無いと言ってくれた。最初は意味がわからなかったが、今なら分かる。確かに私は、1人のボクシングが大好きな普通のボクサーだった。こんな単純なことを教えてくれた彼女に、最大限の感謝を送りたい。」


「しかし、皆さんが察している通り、体力的な問題にも直面している。昨日の傷を癒やすのに何週間かかるやら…。だから私の公式戦は残り1試合。ベルトを賭けて勝負しよう!鈴音さん!!!」


ん?


私!?


ベルトを賭けてって…


タイトルマッチ…………?


「えっえぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ!?」

「駄目かな?本気なのだが?」

気が動転しながらも迷いはなかった。

「う、受けて立ちます!!!」


おおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!


「けど…、今試合しても…」

勝負の結果は明白。

神の左手攻略には時間がかかるはずだし、そもそも技術的な差が大きすぎる。

「勿論さ。私も今までにない完璧なコンディションでラストを飾りたい。だから1年後、12月25日のクリスマスバトル決勝の後、タイトルマッチをやろう!私の引退試合だ。鈴音さんが勝てば新チャンピオン、負ければベルト返上で暫定1位がそのままチャンピオンにスライドする。いいね?」

「わかりました!けど…、私で良いのか…。沢山の人がベルトを狙っているのに…」

これは素直な気持ちだよ…

レオさんや常磐さん、他にも虎視眈々とベルトを狙っている人はいるはず。


「そうだな。だったら先着5人と、公開スパーリングでも、エキシビジョンマッチでも、誰にも見せないプライベートマッチでも、ベルトを賭けない試合なら受け付けよう。誰の挑戦でもいい。そうだ!レオさんいるのだろう?私とやろうじゃないか!」

名指しで指名されたレオさんが黙っているはずもなく、記者さん達の後ろから腕組みをしながら返事をした。

「俺様と勝負して、足腰立たなくなっても知らねーぞ!」


その言葉に相田さんはニヤリとした。

「面白い。覚悟を決めてかかってこいよ。私は強い奴らと試合をし、神の左手をいつでも最高の状態で出せるようにしてみせる。そして1年後、今度は私が鈴音さんをマットに沈めることになるだろう。挑戦する奴らは心して申し込んでこい。私が強くなれば鈴音さんとの勝負の結果がハッキリしてくるとな。」

その言葉にこーちゃんが反応した。


「さっちゃんも、まだまだ成長過程さ。相田さんこそしっかり調整してきてください。タイトルマッチが1ラウンドKOじゃ盛り上がりませんから。」

こーちゃんからの視線を受け取る。

私も立ち上がり、マイクを握った。

「私がクリスマスバトルで優勝したかったのは、家族を守るためでした。そして今度は、私を支えて、応援してくれる人達への恩返しをするため…」

ゆっくりと息を吸った。


「絶対にベルトを巻いてみせます!!!」


マイクを置いて、相田さんに近づいた。

彼女も察してくれて、握手を交わす。

「勝とうが負けようが、私のボクシング人生の集大成をお見せしよう。」

重い言葉だった。

来年、チャンピオンになって15年もの間、守り続けてきたベルトを賭けるという意味が、私にとっては…

とてつもなく、重い…


「お互い、勝っても負けても悔いの残らない試合にしてみせます。」

私の言葉に、彼女はニコッと笑って頷いてくれた。

「そうだな。では、1年後。タイトルマッチという名のリング上で会おう。」

「はいっ!!!」


途切れないフラッシュが記者会見場をいつまでも照らしていた。

相田さんは、軽く手を上げて会場を去っていく。

私達も、一礼をして会長室へと戻っていった。


「さっちゃーん。なかなかいい記者会見だったよ。」

「本当ですか?会長!」

「あぁ!これでグッズ売上も倍増だ!」

「………。はぁ………」

さっきまで張り詰めていた緊張が和らいでいった。


「まぁ、相田さん的には、これで良かったのかもね。チャンピオンとしての自分を初めてKOした相手とタイトルマッチをする。彼女らしい敬意のはらい方だと思う。」

「敬意?」

「うん。たぶんね。だって、あんなに楽しそうな相田さん、初めてみたし。何もかも吹っ切れた感じも受けた。あーあ。また強くなっちゃうよ?」

「えっと…。」




「つまりここからが、さっちゃんの新しい旅になるね!」





「うん!!!」





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