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第60話 雪の道草

駅から出て、商店街を歩いていく。

ボロボロのアーチには、「キラキラ商店街」と書かれていた。


見ての通り古臭い商店街だけれど、でもあたいは結構気に入っている。

どうしてかって?

確かにシャッターが降りているお店も多いし、目新しい物も無いかも知れない。

けれど、ここの商店街には沢山の笑顔が見られるから。


あっちからも、こっちからも会話に混じって笑い声が聞こえてくる。

つい会話に混じっていきたくなっちゃうよね。

その中でも、あたいの一番のお気に入りのお店は、この小さな喫茶店。


カランカラン…


ドアを開けると鳴るようになっている鈴も良いね。

高評価押しちゃいたいぐらい。

そんで、壁際の小さな二人用テーブルに座る。

どうしてここに座るのかと言うと、この壁にはさっちゃんが載っている記事をスクラップしてあるの。

テーブル挟んだ反対側の席の壁には、小さなポスターが貼ってある。


『キラキラ商店街 期待の星』だって。

本当に期待されているんだね。

そう言えばこのポスター、色んなお店で見たっけ。

コンビニにまで張ってあったからね。


喫茶店ならじっくり読む時間もあるだろうという意図で、スクラップされた記事があるのかな。

おや?

一番下に喫茶店のマスターからのコメントが書いてあった。

ここまで乗り越えてきた簡単な経緯や、本人の人柄、将来への期待…

『準備は万端!いざ決勝戦へ!』


準備は…、万端ねぇ…


注文しておいたココアが静かにテーブルに置かれる。

そうそう!このココア、凄く美味しいの!

優しい甘さで、寒くなってきた今時期には丁度いい感じ。

じっくり味わいながら記事を読んでいた。


「お嬢さん、ボクシング興味あるの?」

フフフ…、実は私は、商店街期待の星のライバルでーっす!とは言えなかった。

つか、気付いてよ…

まぁ年配者のミーハーだと、対戦相手にまで興味沸かないか…


「ちょっとね。地元で頑張ってる若い子が居たら、そりゃぁ皆さん応援しちゃうんでしょ?」

「それもあるかな。でも負けたっていいんだ。」

「負けてもいいの?」

「本人が次は頑張ろうって思ってくれるならね。」

「ふーん。」

「そのポスターのさっちゃんはね、小さい頃事件や事故に巻き込まれて、そりゃぁ大変だったのさ。長い間、ずっと苦しんできた。その子がね、あんなに堂々とボクシングしているだけでね…」

ちょっと言葉に詰まるマスター。

辞めてよ、こっちまで涙ぐむじゃない。


「だからね、今度大きな大会の決勝まで進めれたけどね、勝っても負けてもワシらは変わらず応援していくよ。」

「皆さん、この選手が大好きなんですね。」

「ワシらの希望の星じゃよ。どんな結果になってもええ、胸を張って帰ってきて欲しい。」

「じゃぁ、優勝したら、商店街あげての優勝セールするしかないですね!」

「あっ…、その手があったかぁーーー!!!」

思わず苦笑いしちゃったよ…


マスターは私のことはそっちのけで、色んなお店に電話していた。

同じ商店街の仲間なんだろうな。

優勝セールって何度も聞こえてきたから間違いないね。

さてさて、そろそろ私も動き出そうかな。

その前に…


作戦会議!


メッセンジャーを開き、さっそくこーちゃんにメッセージを送る。

『さっちゃんは、どんな感じ?』

少し経ってから返事が帰ってくる。

私が来ることは伝えてあったから、待ちながらトレーニング指導していたのかも。

『だいぶやる気が出てきたけれど、相変わらず空回りしているし、時々悲しそうな顔もしてる。プレッシャーと戦っているというか、そんな感じ』


あー、この感じだと、ちょっと重症かな。

会長さんがある程度原因を分析して、さっちゃんのお母さんが助言してくれたお陰で、最初よりは良くなったみたい。

最初はリングでワンワンと泣いていたみたいだしね。

まぁ、あの太陽みたいなお母さんなら、心配はしていないよ。


『取り敢えずジムに行くね。軽くスパーして、その後は連れ出すから。会長さんにも伝えておいてね』

『了解した』

『やりすぎないように調整するけれど、多分派手に押されるから、覚悟しておいて。あっ、でも怪我はしないよう注意するから、そこは安心して』

『そんなに悪い状況だと思う?』

『かなり悪いね。挫折を経験したことが泣いエリートが、突然のプレッシャーで自分が自分じゃなくなっちゃみたいな印象。さっちゃんの場合は少し違うけれど、そんな状況だと思うよ』

『あぁ、まさしくそんな感じだと思う。取り敢えず、待ってるよ』

『はーい』


ということで三森ボクシングジムへ移動する。

さっちゃんは…

こりゃまた、予想以上に重症だね…

レオさんに視線を送ると、お手上げのポーズをしていた。


「さっちゃん!仕上げのお手伝いに来たよ!」

「ゆ、雪ちゃん!?」

そう、彼女にはあたいが来ることは言ってなかった。

突然来訪して、混乱するまま事を進めたいのよね。


「当然でしょ!あたいのライバルがチャンピオンに挑戦するんだから!応援せずにはいられないよ!」

控室お借りしまーす、と言いながら有無を言わさず着替えを済ませる。

こーちゃんにグローブの紐を縛ってもらった時に「頼む」とだけ小さくお願いされた。

彼の真剣な表情…、本当に心配なんだね。

彼なりの手は打っているみたいだけれど、もう少し時間がかかるみたい。

そっちも期待しつつ、あたいはあたいにしか出来ない方法でいくよ。


「さぁ、勝負!勝負!」

「ス、スパーリングするの?」

「もう小手先の練習よりも、実戦の方がいいでしょ!さぁ、かかってきなさーい!」

ニヤリと笑って見せると、彼女の目が少しずつ真剣になっていく。

よしっ!ちょっとずつノッてきたね!

こーちゃんが大した助言もしないまま、自らゴングを鳴らした。


カーンッ


助言がなかったことに混乱しかけたさっちゃん。

そんな事を忘れさせる勢いで懐に突っ込んでいく。

今日のさっちゃんは全然怖くないよ!


顔と顔が近い距離でありながら、積極的にインファイトをしていく。

この距離だと、本来のさっちゃんの実力ならあたいはボッコボコにされちゃうかも。

けれど今日は余裕、超余裕。

焦って繰り出した大振りパンチをパリィし反撃入れたり、パーリングで体勢崩して瞬時に回り込んでからのボディと、もうやりたい放題。

体が思うように動かないさっちゃんは、益々焦っていく…


一方的に撃ち込まれたような状況の中でも、さっちゃんは致命傷になりそうなパンチだけはしっかり交わしてきている。

もうそれは、彼女の本能で戦っているだけだよね。

当然限界もあるし、ワンパターン化しちゃうと今後の試合でも変な癖としてウィークポイントになってしまう。


カーンッ


1ラウンド目が終了しちゃった。

こーちゃんは必死にディフェンスを強調し、何とか集中させようと努力していた。

あたいのセコンドは居ない。

そう思った矢先、気配を感じ振り返った。

レオさんがいた。


「今日は悪かったな。」

「いえ、あたいのライバルが、こんなところで挫けてもらっては困りますから。」

「『こんなところ』か…。またえらく高いハードルなんだけどな。」

「そんなことないですよ。先輩だって人間ですから。あっ、これはさっちゃん本人が言っていたことですけどね。」

「うむ。幸子の奴、どうにも優勝に固執しているというか、」

「あたいが思うに、決勝戦が自分が思っていた以上に大きな意味を持つ戦いだったってことだと思うのです。だから勝つことも、負けることも、一回りも二回りも大袈裟に考えてしまう。冷静になれば、負けたってリスクは少ないですから。」

「なるほどねぇ。そんで?対策はバッチリか?」

「本人次第なところもありますが…。あたいなりに精一杯やってみます。」

「すまねぇ…」


カーンッ


2ラウンド目は、もっと一方的な内容となる。

面白いように撃ち込まれ、あたい自身がビックリするほどパリィやパーリングの餌食になっていく。

そして、まったく意味のないスマッシュが飛んで来た時、それはすなわち、この意味のないスパーリングを終える合図となった。


ズバンッ!!!


70%程度でカウンターを入れたのだけれど、それでも大きくよろめいてロープ際まで後退し、必死にロープにしがみついていた。

一瞬だけこーちゃんと視線が合う。

彼も終わる頃合いだと思っているみたい。

私は腰にグローブを当てて、大声を出して近づいていく。


「さっちゃん!全然駄目だよ!」

「う、うん…」

「これはね、色々煮詰まっちゃって、思考がループループしている。」

「ループ?」

「そう、答えの出ない問題を何回も何回も考えちゃってる。一回気分転換しよ!冷静になれるはずだから。」

「うん…、そんなに酷い?」

「今のままなら、ライバル取り消しにするしかないぐらい酷いよ。」


「えっ!?」

あたいの言葉に、顔面蒼白になるさっちゃん。

「それは嫌…、どうしたらいい?」

「今言ったでしょ。気分転換!!」

「でも…、そんな事したって…」

「騙されたと思って、あたいと気分転換しに行くよ。」

「でも…、でも…」


練習しないと駄目だよね?みたいな、不安そうな顔をこーちゃんに向けた。

「行っておいで。何事も試してみようよ。」

「うん…」

あたい達は着替えを済ませると、商店街の方へ歩いていく。

そして気分転換の場所は…


「ヤホーーーー!!!カラオケしよ!カラオケ!!思いっきり声出して行くぞーーー!!!」

「…………」

分かりやすい程の困り顔…

「ほら!鈴音幸子!元気が無いぞーーーー!!!」

「………、ぉぉーーーー!!!」

「声がちいさーーーい!!!」

「お、おぉー………」

「腹から声をダセェーーーー!!!」


覚悟を決めた顔になる。

「ぅおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」

「アハハハハッ!良いよ!良いよ!!その調子で歌っていくぞー!」

「あの!」

「ん?」

「私…、カラオケ初めてなんだけど…」

「へーき、へーき!誰だっていつだって初めてはあるよ!一番重要なのは、楽しむことだよ!!!これは絶対に間違ってないから!!!」

「でも雪ちゃん…、歌は昔を思い出すから、歌わないんじゃ…」


「そんな事は忘れっちゃった!!!アイドル時代の持ち歌を披露しちゃうぞ!!!」

「雪ちゃん…。よしっ!私も歌う!!!」

それから二人で5時間は歌ったかも。

もう半分やけくそってぐらい。


「ハァ…、ハァ…。下手な練習より疲れたかもね!」

あたいの言葉に、さっちゃんが笑った気がした。

気がしただけで笑ってないけれど…

もう直ぐ見つかるんだね、さっちゃんの笑顔…

そうか…






過去との決別が、本当の意味でのプレッシャーなのかもね―――






今までは普通じゃないから周囲の人が優しくしてくれたとか、普通になったら、他の人が出来る事は当たり前のようにやらなくちゃいけないとか…

普通になる為のプレッシャーかぁ…

でもね、そんな事は心配しなくていいんだよ。






その為に親友あたいがいるんだから!!!






「さっちゃん。1週間後、お泊りの準備もして、また来るね。」

「うん!」

「最後の調整、しっかりやるんだからね!」

「うん!」

「またカラオケ、来ようね!」

「うん!!!」






さっちゃんの本当の笑顔が―――






見れますように―――






その笑顔は―――






絶対に可愛いんだから―――






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